カトリーヌ・ドヌーヴ(Catherine Deneuve 1943- )。言わずと知れた、フランス映画界の名実ともにNo.1。美人女優の代名詞。きらめくブロンド、官能のまなざし。匂い立つエレガンス。キャリアが長く、出演本数も多い。現在も現役バリバリ。傑作・駄作の波はある。中でもおすすめできる映画をご紹介。
- 終電車 Le Dernier Metro(1980)
- シェルブールの雨傘 Les Parapluies de Cherbourg (1964)
- 昼顔 Belle de jour(1967)
- 【コラム①】愛と別れ。女優開眼とスターになるまで。
- 哀しみのトリスターナ Tristana(1970)
- ハンガー The Hunger(1983)
- ロシュフォールの恋人たち(Les Demoiselles de Rochefort 1967)
- 【コラム②】ドヌーブって演技派?肉体派?フランスでの人気は?
- インドシナ(Indochine 1992)
- 別離 (La chamade 1968)
- 反撥 (はんぱつ Repulsion 1965)
- 【コラム③】姉の女優、フランソワーズ・ドルレアックについても少し。
- カトリーヌ・ドヌーヴの第2の黄金期
終電車 Le Dernier Metro(1980)
ドヌーヴ、この映画の出演時、35~6歳。女としては成熟しきった大輪の花。
顔の脂肪が落ち、輪郭がよりくっきりして、女性が一番美しい年代の一つ。
そしてあきらかに老いが迫っている。近づいている。のがアップになるとわかる。のゆえにあまりに神々しく、哀しく、切ない。
比類なき美貌に精神性が裏打ちされてより一層凄みを増幅しまくっている。ため息しか出ない…。のです。
一番美しいカトリーヌ・ドヌーヴを見たいのであれば「終電車」です。神がかった美しさ。でも生身の女の美しさ。
ストーリーは第二次世界大戦中、占領下のパリ。劇団と劇場を切り盛りする女座長。夫はユダヤ人で亡命したと見せかけ、実は内緒で劇場の地下にかくまい、尽くす。とレジスタンス精神にもぬかりはない。
そして愛の国フランスの映画にふさわしく、舞台劇の完成までと平行して三角関係に揺れる女ごころが描かれる。
日本が誇るフジカラーのややセピアがかった色調が1940年代・パリ・演劇界の空気とドヌーヴの世紀の美貌を今に伝える。
フランスのヌーヴェルヴァーグ映画の巨匠、フランソワ・トリュフォー監督(François Truffaut 1932-1984)の代表作の1つ。なおかつ大ヒットした映画であり、映画の完成度も折り紙つきです。
シェルブールの雨傘 Les Parapluies de Cherbourg (1964)
撮影時、ドヌーヴ、妊娠中だったんですよ。なのでバストショットが多い。
お話は若い男女が愛し合い、戦争で引き裂かれ、再会した時、二人とも別の家庭があった。と見ようによっては他愛ない。
凄いのは、それまではやる気があるんだかないんだかさっぱりわからず、行状に???のつく困った女優の扱いだったドヌーヴに、この映画におけるどこまでも正統派のヒロインの資質のあることを見抜いたジャック・ドゥミ監督(Jacques Demy 1931-1990)の慧眼。
そして私生児を抱え、スキャンダルにまみれたドヌーヴは、死力を尽くし、正攻法・剛速球ストレートでヒロイン・ジュヌビエーヴを見事に演じきったことで一気に栄光の座に着く。いやあ、人生って、わからないものですねぇ。
映画のせりふは全部、歌です。ミュージカル映画。
セットには1960年代のポップなカラーがあふれ、今の目からは何ともキュート。
ドヌーヴの可憐な美少女ぶりは、1960年代のガーリースタイルの代表の一つ。
クライマックス。彼は戦地に行く。列車は出て行く。
「モナム」「ジュテーム」「モナム」「ジュテーム」…。恋人たちの絶唱と、みるみるうちに遠ざかり、小さくなり、取り残されるドヌーヴの姿…。
は映画史に残る名シーンです。
昼顔 Belle de jour(1967)
ドヌーヴの女優としてのイメージを決定づけた映画。代表作の1つ。
セレブな若妻が性的な妄想に憑りつかれ、昼間は娼婦。家に戻れば何食わぬ顔。客につきまとわれ、夫は撃たれて廃人同様になってしまう。と設定がものものしい。
男を狂わせる美貌。内側に秘めた底知れぬ得体のなさ。彼女を愛したがゆえに、男は破滅の淵にたたきこまれ、しかし、男の生を吸い取るかのようにますます悪魔的に妖しく狂おしくデカダンスな美しさを放つヒロイン…。
を演じさせたらドヌーヴの右に出る者はいない。ファム・ファタール(運命の女)のスケールを壮大に軽々と超え、愛するより崇め奉りたい女。
「二人は結婚し、いつまでも幸せに暮らしました」の映画なんかで絶対に表現できない世界。の覇者、ルイス・ブニュエル(Luis Buñuel 1900-1983)監督作品。
衣装をイヴ・サン=ローラン(Yves Saint-Laurent 1936-2008)が担当したことでも有名です。
ドヌーヴはクラシックな大人の女の美しさが持ち味のサン=ローランの服をプライベートでも御愛用。
サン=ローランとの2ショットの写真やドヌーヴがサン=ローランの衣装をまとった豪華かつ華麗なファッション写真もたくさん残されています。
ヒロイン、セブリーヌの履いたバックル付きのローヒールパンプスはロジェ ヴィヴィエ(Roger Vivier)の「ベル ヴィヴィエBelle Vivier」。
この映画が大評判となり、1年で20万足以上を売り、後に、ジャクリーン・ケネディ・オナシス(Jacqueline Kennedy Onassis 1929-1994)や)やウィンザー公爵夫人、ウォリス・シンプソン(The Duchess of Windsor,Wallis Simpson 1896-1986)なども愛用したレジェンドな靴。
【コラム①】愛と別れ。女優開眼とスターになるまで。
カトリーヌ・ドヌーブも古稀を過ぎた。今なお映画出演は続く。オファーは途切れない。
最近は#MeToo(私もセクハラ被害を受けてきた)の女性たちの声に「男性は女性を口説く権利がある。キスを迫った、脚を触った。で告発される。密告・私刑・検閲・粛清の匂いがする」との主張!?は世間に波紋を投げかけた。
最新作が公開されるたびに見かける近影に「美人は死ぬまで美人だ」と感じ入り、そして、丸く、穏やかになりましたねえ。表情。
10代から第1線。カトリーヌ・ドヌーブの若い頃は青臭くて。そして女優としては、美人は美人なんだけど、煮え切らない。印象が薄い。つかみどころが見えにくい。あまり自分のことは語らず、行動ばかりが世間の眉をひそめさせ、その意味飛び抜けていた。
最初に名が知られるようになったのは映画ではなく奔放さ。17才で知り合った男と7日目でタヒチ旅行に行ってそのまま同棲して話題を振りまく。相手は自分の女を主演に据えた映画を立て続けに世に出したロジェ・ヴァディム監督(Roger Vadim 1928-2000)。女遍歴はブリジット・バルドー、カトリーヌ・ドヌーヴ、ジェーン・フォンダと続くのですから、ここまで男冥利に尽きる人もそういない。何も知らない少女は女に作り変えられ、カトリーヌは有名監督の愛人の座に有頂天。
しかし 17・8の女の子を官能の 女神に仕立て上げるには無理があり、ヴァディムとドヌーヴの組んだ映画は失敗。
カトリーヌは妊娠するが、結婚しないで子どもを産むと宣言した後、ヴァディムはジェーン・フォンダに心を移し、2人は結婚してしまう。
小生意気な美少女の生きたいように生きる!の結果のツケはあまりにも大きかった。カトリーヌは、19才で私生児を産み、未婚の母となった。
ヴァディムとフォンダの結婚式の写真の隣に、捨てられて1人で赤ん坊を産んだカトリーヌの写真が載っていたりする。繰り返しますが、19才。
スキャンダルの果ての大きすぎる挫折。捨てられ、乗り換えられた女の惨めさ。知性にあふれ、プライドの高い美人女優は歯を食いしばる。
そして身重の身で、生活のため、わずか5,000ドルのギャラで出演した「シェルブールの雨傘」で見事な脱皮を遂げる。ヴァディム監督が追いかけた青臭いエロティシズムから、一転して見せた女が原始的に持つやさしさ、弱さ、けなげさ、一途さを持つ正統派のヒロインを演じあげた女優へと変貌を遂げ、人々は目を見張った。
正統派のブロンド美人(もともとはブルネット。ヴァディム監督と出会ってブロンドに染めた)なんだから、例えばヒッチコック映画のグレース・ケリーみたいな映画に出て清潔なエレガンス路線でだって売れたはずだ。
なのに。選ぶ映画は。ヒットする映画は、批評家受けするのは。「女の性(さが)や業(ごう)をディアボリリックにえぐり出す」ジャンルの映画。
一方、フランスの絶世の美人女優の先輩・先達であるダニエル・ダリューの代表作、皇太子と心中するお姫様役の「うたかたの恋」などは評判が今ひとつかんばしくなく…。
ともあれ、スペイン生まれのシュールレアリズム派の巨匠、ルイス・ブニュエル監督と出会い、「昼顔」出演により、カトリーヌ・ドヌーヴはブリジット・バルドーを追い抜き追い越し、フランス映画No.1女優の地位を確立した。
そしてイタリアNo.1男優、マルチェロ・マストロヤンニと出会い、恋に落ちる。マストロヤンニには妻子がいた。2人は同棲し、二度目の私生児が生まれる。もはや世間は何も言わない。ドヌーヴが女優として揺るぎない地位を築いていたこと。マストロヤンニは離婚はしない。その意味、「よその家庭を壊す女」ではなかったこと。離婚を望まず、愛する男性とただ一緒にいられればそれ以上のことは望まないドヌーヴの姿勢、そしてマストロヤンニは色気したたるいい男、ドヌーブとはお似合い。ゴールデンカップルですもん。2人は3年一緒に暮らし、愛は終わり、マストロヤンニは妻子の元に戻っていった。2人の交流は続き、ドヌーヴとマストロヤンニとの間に生まれた娘はマストロヤンニの臨終にも立ち会 っている。
なお、公式には結婚は1回。「ヴォーグ」などの誌のカメラマンとして有名な、デヴィット・ベイリー(David Bailey 1938-)と。もっとも、この結婚はヴァディム監督への面当てみたいなものだったらしく、傍目にも夫婦仲は冷え込んでおり、7年後に離婚。
の後マストロヤンニとの恋。フランソワ・トリュフォー、ジャルル・ゲンズブール、クリント・イーストウッドとも噂があった。
哀しみのトリスターナ Tristana(1970)
この映画もルイス・ブニュエル監督作品。
スペインが舞台なのでエキゾチック。ストーリーを読んで唖然としてください。
身寄りのない美少女・トリスターナは没落した老貴族に引き取られ、成長し、心ならずも老貴族の囲い者とならざるを得ない。
若い画家と愛し合い、二人は駆け落ち。しかし病を得、画家はトリスターナを捨てる。
老貴族の元に戻り、片足を切断し、老貴族と結婚式を挙げるが、ベッドを共にとの要求は冷たく拒絶。
厳寒の冬の夜、発作を起こし苦しむ夫の部屋の窓を開け放つ。
館に来たばかりのころからトリスターナを慕っていた聾唖の少年に、バルコニーの上から片足のない裸身をさらし、浮かびあがる歓喜の表情…。
…もう勘弁してください<(_ _)>と言いたくなってしまう。美人をこれでもかこれでもかと辛い目にあわせていじめて何が楽しいんだ、とか余計な突っ込み入れたくなってしまう。
一般人が思わず引いてしまう緊迫したシチュエーションでこそ発揮されるドヌーヴの持ち味。個性。美しさの真骨頂。サディスティックであり、マゾヒスティックである。静謐なる狂気。女という存在の恐ろしさ。
…倒錯は時と所を得て、芸術作品となる。天才ってすごいな。
ハンガー The Hunger(1983)
カトリーヌ・ドヌーヴは美人すぎるので、ことヴィジュアルに関しては共演の男優はみんなドヌーヴの引き立て役になってしまう。しかし。一目瞭然!この映画は別です!共演、デヴィッド・ボウイ(DavidBowie 1947-2016)!いいですねえ!美男美女!目の保養!
しかしお話は過激です。現代ニューヨークに生きる吸血鬼の男女のお話。美男美女がナイトクラブで獲物を求めやおら善男善女の喉を切り裂く!
ああ、それなのに美しすぎるボウイさまは永遠の命のはずだったのに秒速スピードで年を取ってしまう。一挙に200才。当時の特殊メイクもご覧あれ。
で、ドヌーヴはまたまた次の獲物を求め、不老不死を研究する女学者との絡みのシーンあり。最後はかつての男たちに…。
と、いささか飛ばし過ぎの内容で、時代を先取りしすぎたのか、公開当時は批評はイマイチ。映画も不入りだったんですが…。今ではカルトな映画の一つとして伝説的。
ドヌーブ、悪魔的。ボウイも悪魔的。ピタリと二人の個性にマッチした役柄と、ドキドキハラハラのストーリー展開。一応、ホラー映画なのかしら…。
衣装はミレーナ・カノレロ(Milena Canonero 1946-)。クレジットにミレーナの名前が出るとときめいてしまう映画衣装の名デザイナー。ドヌーヴの衣装は当然サンローラン。
最先端のモードにヴィクトリア朝のアクセサリーを着けて永遠の時を生きる女吸血鬼。血の赤と対比させるため、コスチュームは白と黒が多い。強烈な光の中では生きられないドヌーヴは、淡い光をも捉えるラインストーンで彩られていました。
ロシュフォールの恋人たち(Les Demoiselles de Rochefort 1967)
「シェルブールの雨傘」のジャック・ドゥミ監督、フランソワーズ・ドルレアック(Françoise Dorléac 1942-1967)、ドヌーヴの実姉妹、
「雨に唄えば」(Singin' in the Rain 1952)のジーン・ケリー(Gene Kelly 1912-1996)、「ウエスト・サイド物語」(West Side Story 1961)のジョージ・チャキリス(George Chakiris 1934- )「ニュー・シネマ・パラダイス」(Nuovo Cinema Paradiso 1988)のジャック・ペラン(Jacques Perrin 1941- )と豪華、豪華!の華やかで楽しいミュージカル映画。
ミシェル・ルグラン(Michel Legrand 1932- )の流麗な音楽に乗って、カラフル(1960年代♪)なロシュホールのうららかな光の中、歌と踊りのパフォーマンスが繰り広げられる。
ささやくように歌うフランス語のエロキューションが魅力的。
有名なナンバーは冒頭の「キャラバンの到着」と「双子姉妹の歌」。
「マクサンスの歌」はビル・エヴァンズがカバーしたことでも有名。
フランソワーズ・ドルレアックはこの映画に出演したのち、25才で不慮の自動車事故死を遂げるなど、エピソードには事欠きません。
【コラム②】ドヌーブって演技派?肉体派?フランスでの人気は?
映画を見に行く我々からすれば、いくばくかの鑑賞料を払い、90分なり120分なり、夢を見せていただければ、それでいいわけで。
カトリーヌ・ドヌーヴはただスクリーンに現れてくださるなら。「キレイだな~。」「すごいな~」とため息混じりに拝ませていただければ、もうそれだけで満足、ってとこ、あります。
カトリーヌ・ドヌーヴの演技力があるのかないのか。とても難しい。キャリアは途切れず、今なお現役バリバリなのだから演技力、あるに決まってるじゃないか、の見方もある。しかし、初期の頃は美人だけど存在感のなさゆえに酷評されていた時もあった。そもそも、カトリーヌ・ドヌーヴのエモーショナルな演技って、パッと思い浮かばないんですよ。比べてみますね。フランスでいけば、ジャンヌ・モローの「突然炎のごとく」。ブロンドの息の長い女優でいけばメリル・ストリープの「ソフィーの選択」。どちらもグイグイ胸に迫る演技が忘れられない。
一方、ドヌーヴの代表作の「昼顔」なんて、いつも同じ表情で、アングルだけ変えているように見えてしまうのは私だけだろうか。ハリウッドに呼ばれて 大物のジャック・レモンと共演した「パリで一緒に」で「…さすが、アメリカ映画だと多少表情がある」などと思ってしまうのは私だけだろうか。
それとも、ほとんど無表情のなかの微妙ぅぅ~な変化の意味も読み取れない私の映画鑑賞眼が、浅すぎるのでしょうか。スチール写真にしても、スナップ写真にしろ、こう、愛嬌で売るショットはあまりない。あってもとても珍しく、偏見かもしれませんがいまひとつ硬く、とっつきにくい…。
さらに美人女優ですが、スタイルは正直普通…。セミヌードになったり、トップレスのスチール写真もあるんですけど、なんか肌のあらわなシーンも、肌が乾いていて、乾燥肌っぽいんだなあ。そして頭がけっこう大きく、で、ブロンドのロングヘアだから余計大きくな る。脚は細いけど脚線美とも少し違い、長さは普通。さほど長くない。
肉体的な魅力は、正直希薄。なので女性に好かれる。
クールな表情ばかり。冷ややかにたたずみ、それだけで絵になる。そしてドゥミ、ポランスキー、ブニュエル、トリュフォーと、世界の名だたる巨匠監督の要求に応えてきた。
「カトリーヌは氷のようにつめたく燃え上がる炎だ。イマジネーションの極みだ。<愛すべき女>という言い回しがあるけれど、カトリーヌの場合はまさしく<夢見られるべき女>であるということになるだろう。 ミシェル・ピコリ(Michel Piccoli 1925- )
妖艶でエレガントな美しさの底にひそむ強さと冷たさと激しさ、のエキセントリックなエロティシズム。情熱的なんだけど心に影と闇を秘めている。かつ強烈な自我を持っている。のキャラクターを生かした映画に出演することによって自分のイメージを作り上げ、人気スターとなり、大スターになった。
ブリジット・バルドーはデビューしたてのドヌーヴに会い、ドヌーヴの鈍さとトロさにイライラしたと伝えられる。極端ですが、わかりやすく言うと今はやりの発達障害っぽいかんじ。話さず、反応なく、ぼーっとしている。心ここにあらずの虚空の表情は計算づくではなく、持って生まれた個性。だったのかも。
一方で周囲の反対を押し切っての10代での同棲・妊娠・出産。プッツン切れた行動。世間の目などものともしない、動じない強烈さ・強靱さをも併せ持つ。
そして意思表示はする。自分がどんな役に向くかを計算できる。インタビューは基本、面白くない(笑)洗いざらい自分を開けっぴろげに見せる、または見せる演出がない。
スクリーン を通し、監督の挑発で匂ってくる、根っからの映画女優。
で、ブロンドの究極のサンローランの服を着こなすエレガンス美人で、いつも落ち着いたたたずまい。行動は若い頃は人目を引いたが、次第に落ち着いてきた。感情をさほど表に出さず、クールで昔から余計なことはしゃべらないのでミステリアス。 立居振舞は演技の延長だから申し分なく、2人の子供を女手一つで育てあげ、素顔は働くのが大好きで苦にならない健康さと飾り気のなさを兼ね備えたひと。
…まとめますと、凛とした大人のたたずまいは、いつのころからかフランスでは好感度は抜群で、映画スターとしての息の長さにもつながっている。
インドシナ(Indochine 1992)
大女優なのだから恋愛映画、メロドラマももちろんいいけど、大河ドラマもほしいじゃありませんか。激動の時代を生き抜く女の一代記。
舞台は1930年代、当時フランス領だったインドシナの女農場主がドヌーヴ。
養女(ベトナムの王女さま!)と同じ男性を愛してしまい、激動の時代、独立運動に身を投じた娘の身を案じ、娘が産んだ子どもを育て、時は流れてベトナムは独立。インドシナはもう、ない。ヒロインの胸には万感が去来する…。お話。
東南アジアの風俗、それも1930年代の古き良きコロニアル。と壮大な現ベトナムの風景の数々は目に新しく見ごたえがあり、骨太なドラマに厚みを加える。
ドヌーヴは40代後半で、かつての激しさはやや影をひそめ!?男を弄しつくすキャラではない。
ドヌーヴの美しさをむさぼるかのように仰ぎ見るというよりはドラマの流れに身をゆだねたい。
でも恋はします^^十二分に美しく、大河ドラマの屋台骨をしょってたつ風格と気品。
養女のベトナムの王女さまは気性が激しく、愛した男性を追ってあわや奴隷の身。フランス人を撃って逃亡の身となり、子どもを産んでなお独立運動に身を投じ、ついには建国独立の祖となる。と波乱万丈。
「世の中には離れられないものがある。男と女。山と平野。人間と神々。インドシナとフランス。」
別離 (La chamade 1968)
原作はフランソワーズ・サガン(Françoise Sagan 1935-2004)。
「La chamade」とは降参の合図に打ち鳴らす鐘の音のこと。日本語訳ではタイトルは「熱い恋」。で映画は「別離」。全部違う。
サガンとドヌーヴの豪華コラボもの。女子ごのみ。
サガンですから上品で洗練されていてエスプリがきき、物憂さ、お話はほろ苦く、アンニュイ…。
働くのは嫌い。なぜ悪いの?別の人を愛して、なぜ悪いの?でもやっぱり、お金のない生活はできない…。
う~、今まで真面目に私、働いてきたんだけど、生き方間違ったかしら。
なのにサガンが描くと、繊細なクリスタルのごとくに光り出す。
素敵だなあ、としんみりしちゃう。
そしてドヌーヴが動き出すと、見とれちゃうんですねえ。
これぞフランスの一つのかたち。当然、衣装はサンローラン。
反撥 (はんぱつ Repulsion 1965)
監督、ロマン・ポランスキー(Roman Polanski 1933- )です。
世界的な名声のある巨匠の映画監督ですが、少女への淫行容疑や、奥様が惨殺されたり(1969年のシャロン・テート事件として有名。)
ユダヤ人で母親は虐殺され、自身も少年時代、ユダヤ人狩りから逃れるために逃亡を重ねた。
と平凡とはかけ離れた人生で当然フィルモグラフィーもしかり。
お話は、美少女が精神に異常をきたし、夢と妄想と現実が交錯し、部屋にひきこもってやってくる人を次々に殺してしまう…。
ポランスキー監督の初期の意欲作です。
エクセントリックすぎるヒロイン。ドヌーヴって、こんな映画にも出てたんだ~。の異色の作品です。
評価も高く、「シェルブールの雨傘」に続き、またもやドヌーヴの女優としての格を高めた。
イギリス映画で、ドヌーヴの顔も、これぞドヌーヴ!の型が固まる前なので、ホラー映画、心理劇お嫌いでなければ!?いまなお色あせぬ斬新な映画。
【コラム③】姉の女優、フランソワーズ・ドルレアックについても少し。
ドヌーブの生まれは俳優一家で、父母も俳優、姉妹も俳優、子も俳優。中でもドヌーヴの姉フランソワーズ・ドルレアック(ちなみにはドヌーヴの本名はドルレアック、ドヌーヴは母の旧姓)はドヌーヴより先に映画界入りし、ジャン=ポール・ベルモンド(Jean-Paul Belmondo 1933- )と共演した「リオの男」(L'Homme de Rio 1964)、フランソワ・トリュフォーの監督の「柔らかい肌」(La Peau douce 1964)と、超一流作品に出演している、新進の、未来を嘱望された女優さんでした。
残された写真を見ると、カトリーヌより頭が小さくてモデル体型で、そうですね、ジェーン・バーキン(Jane Birkin 1946-)をかっこよく・スタイリッシュにしたお姉さん。って印象。個性が強く、鼻っ柱が強そうで。
「ロシュホールの恋人たち」で共演した時には、「世界で一番美しい姉妹」と呼ばれた。姉妹仲はとても良く、カトリーヌがシンママになってバッシングされていた時期も、やさしく妹をかばい続けたとのこと。
不幸にも空港に向かう途中、ハンドルを切り損ね、車は炎上。わずか25才で生涯を閉じます。カトリーヌは「姉の死を、まだ受け入れられないんです。」と語っています。
カトリーヌ・ドヌーヴの第2の黄金期
東のメリル・ストリープ、西のカトリーヌ・ドヌーヴ。実はキャリアの後半のカトリーヌ・ドヌーヴも、スゴいんです。 なんてったて、出演本数。50代で19本、60代で11本。破格だ。破格すぎる。しかも若い監督の質の高い作品に積極的に出演している。感性が柔軟なんです。さらに役柄が明らかに、若い時のそれよりも拡がっている。加え、体力・気力の衰えが全くもって無し。空前絶後ですよ。基本、健康なんですよね。若い頃はヘビースモーカーで、煙を煙突みたいに吹き上げていたとのエピソードもあるんですが。今はどうなんでしょう。この場合、関係ないんでしょうか。
- 女たちのテーブル(Speriamo che sia femmina 1986)
舞台はイタリア。女系家族のそれぞれの人生が交錯し、父の突然の死でテンポは一転!イタリア女のたくましさと底力! - 夜を殺した女(Le lieu du crime 1986)
田舎の平凡な主婦が脱獄囚との情事に溺れる。そして…。 - 夜の子供たち(Les Voleurs 1996)
この映画も飛ばしてます。ドヌーヴは哲学の教授で、孫もいながら今の恋人は、女性。しかもこの子は泥棒一家の一員。人殺しをした(女の)恋人をドヌーヴは逃がそうとするが…。 - ヴァンドーム広場(Place Vendôme 1998)
日本の誇る伝説のモデル、山口小夜子さんが激ほめしていたという。 宝石商の妻の前に現れたのは、かつて愛した、自分を裏切った男だった…。 - 見出された時-「失われた時を求めて」より-(Le Temps retrouvé 1999)
マルセル・プルースト原作の「失われた時を求めて」の最終篇の大作文芸映画。 - ダンサー・イン・ザ・ダーク(Dancer In The Dark 2000)
ドヌーヴが下町のおばちゃんを演じているんですよ!自分の運命を知りながら息子のために命を張って働くヒロインをほっておけない同僚の役!泣かせます! - 8人の女たち (8 femmes 2002)
ダニエル・ダリュー、ドヌーヴ、イザベル・ユペール、エマニュエル・ベアール、ファニー・アルダン、ヴィルジニー・ルドワイヤン、リュディヴィーヌ・サニエ、フィルミーヌ・リシャール出演。名を連ねただけで、説明無用。 - しあわせの雨傘 (Potiche 2011)
おっとりした平凡な主婦が夫が倒れたのをきっかけに実業家になって、ついには政治家になってしまう。までを明るく楽しく描いた映画。
ベスト3を選べと言われれば。 わたしの好みから出させていただけばラスト3本。
- ダンサー・イン・ザ・ダーク
- 8人の女たち。
- しあわせの雨傘
です。