インド旅行の目的は「タージ・マハルを見ること」(アグラ)「ガンジス川に行くこと」(バラナシ)でした。インドの代名詞ともいえる2つのエリアを、鉄道で移動。
運に恵まれず、8時間のはずが13時間かかった。 正直辛かったけど、今となれば、忘れられない思い出。
出発まで
列車は10時40分発。ホテルは8時45分に出発。
車窓からの景色を見ながら
駅までの道を車はひた走る。
9時20分に駅に到着。
デリー-アグラ間、お世話になったドライバーさまと、お別れします。
赤い服を着た方々が車寄せの前にずらっと並んでいた。
100ルピーで荷物を駅のホームまで運んでくださる。
気おされてしまい、お願いしました。
それにしても列車が出るまで1時間半もあるんですけど~。
道中何が起こるかわからないし、経験に基づく万全に余裕を持たせて判断なのでしょうが。
ま、全然退屈しないので。
多分人生で、二度と訪れることのないところ。
ガイドさまとドライバーさまに差し上げるおつりの小銭目当てで、駅の売店でスナックを買う。
列車の停車が近づくとホームには人が集まり、列車が止まると売店の人がものすごい大声でお客を呼びはじめ、降りた人はさっさと買い物をして、潮が引くように列車に戻る。列車が行ってしまうと再び静寂に包まれるホーム。
通過する列車や停車する列車を見てはガイドさまに教えてもらう。
赤ちゃんを抱いた家族連れがホームから線路に降りてご主人が向かいのホームによじのぼり、赤ちゃんを受け取ってから奥さんの手を引いて奥さんがホームに続いてホームにのぼって立つ。
物乞いの女性がやってきて何やらしゃべっているのだがガイドさまはスマホをする手も目も休めない…。
私たちが乗る列車は、アグラ-バラナシ間の2等エアコン付き寝台車両。
1等は8,000円で冷房付き個室
2等は5,000円で冷房付き2段寝台
3等は3,000円で冷房なしの座席
最近はマハラジャ列車と言われる、日本のグラン・プラスみたいな豪華列車が導入され、料金もケタ違いのかわりに絶対遅れない…。
と聞かされている間に列車がやってくる。
車内と乗り心地
早速乗り込んで、絶句する。
こ、ここが2等…。
寝台車両の乗客は原則カーテンを閉め切っており、余計に通路は狭く暗く感じる。
(2等寝台の上)
(2等寝台の下)
寝台車なので、シーツと枕はあるのです。自分で敷く。
ホームで列車を待っている時の外の気温は暑すぎず寒すぎず。さわやかな風がホームを駆け抜けていった。
ところが冷房つきの車両に乗り込むと、長距離でお客さんを運んできた人いきれでほんわかとあったかい。冷房!? 絶対ウソだと思い、ガイドさまに「ずいぶんとあったかいんですね」と率直な感想を申し上げると「そのうち冷房が効いてきますから。」とニベもない返事(夜には涼しくなってきた。当たり前だ!)
はっきり言って日本だと廃線で打ち捨てられた車両のイメージです。
ところがしっかり、2等。
車内はうらぶれています(失礼)が、ご一緒させていただいた乗客は
- 黒のビジネスカートを引いた50~60代の校長先生みたいな風格のある立派な紳士
- 笑顔が可愛く、寝台の上段でずっとスマホをしていた青年
- 実家がバラナシの先にあり、赤ちゃんを連れてデリーから帰る30代パワーカップル
- 眼光鋭く体格良く、プロレスラーみたいだが身なりはしっかりビジネスマンの4~5人連れ
- 奥さまはおしゃべりに食事に忙しく、ご主人は黙々と弁当をつかい、早々に眠ってしまう対比が面白い60~70代のご夫婦。
みな平気な顔をして乗っており、たじろいでいるのは私だけ。
インドのスタンダードを受け入れなければならない。
出発10時40分、到着予定時刻は19時台。黙っていても8時間かかる。
ひたすら車窓の景色を眺めることにした。
幸い、進行方向の席。
しかし寝台は車窓と垂直の位置にあり、ただ寝っ転がっていたのでは窓の外の景色が見えない。
手持ちの荷物を枕がわりにまとめ、車窓に置き、その上に備え付けの枕を乗せ、うつ伏せでアゴをつけてひたすら景色を見る。日差しがまぶしくなると持ってきた帽子をかぶる。サングラスをかける。
だって、二度と見れない景色じゃないですか。
乗り心地は、悪くなかったです。
車両の中ほどの座席なので騒音や振動はほぼなし。
ガッタンゴットンの揺れもあまり感じない。
ただし車内放送がないので、降りる駅は自分で判断。
ガイドさまの車中のお役目は
- 途中停車駅で弁当を受け取る(14時くらい)
(量もほどほど。辛さマイルド・チャパティ巻きもしっとりしておいしく、インド旅行中一番おいしくいただけた食事だった) - 停車駅でチャイ売りの人が牛乳桶をぶら下げて回ってくるのでオーダーを聞いて客に渡し、インド情緒を味わってもらう
- 列車の運行状況をスマホで把握し、ツアー客に伝える
しかない。
早々に寝台の2階にあがってしまい、眠っているまたはスマホをしている。(座席ごとに電源あり)
(上下段)
(男性が横になってちょうどの寝台の長さ)
(段々目が慣れてきた)
(天井を見上げてみた。風なんか全然感じなかったぞ! )
トイレに行ってみる
出た! インディアントイレ!
来た! きたきたきた!!!
外国人観光客向けの小ぎれいなトイレにしか行っていなかったので、
後にも先にも、ただ1度でした。
当然トイレットペーパーはありません。
インドの人は、紙は使わず、手桶で洗うんですね。
ホテルにも備え付けのティッシュはない。
持参した3/4使って芯を抜いたトイレットペーパーは
トイレで使うというよりは、
ティッシュがわりになにかと重宝した。
紙を落としてしまってから(当然流れない)
「紙を落とさないでください」との注意書きが英語で出ていたような気がする(私は英語弱者)
…コンプライアンス(遵法精神)が足りない人間で恐縮です。と冷や汗をかきながら外にでる。
遅れまくる列車
18時ごろになると、ガイドさまからスマホの画面を見せながら「列車、遅れてます。到着は21時頃の予定です。」と宣告されてしまう。
トロトロ走っているから列車の乗り心地がいいのか、とか勘繰りたくなってくる。
デリーでは、看板や標識にヒンディー語の表記と英語の表記があるのですが、
途中停車駅で、駅の名前くらいみたいと思って目をこらしても、
まず標識自体、見つけられない。
あったのかもしれないけど、少なくても見せる工夫はなかった。
さらに、遅延の影響か、目に見えて日没後、駅で線路で頻繁に停車する。なかなか動かない。
「おなか空きましたか。」とガイドさまは聞いてくださる。
(インドの食事は脂が強いので腹持ちがいい)
21時になっても、ガイドさまから声はかからない。車窓の景色はほぼ真っ暗または
インドっぽいうらぶれた町、線路肩のごみ。
「着きます」と声がかかったのは、23時30分過ぎでした。
日付が変わるか変わらないかの真夜中の駅。まともに写っていたた写真は1枚だけでした。
正直私もガイドさまも疲れ切っており、足早にドライバーさまの待つ外へ急ぐ。
駅のホームにはさすがに人は少なかったものの、
駅の改札口前では近くでは地面に座って列車を待つ人たちであふれかえっていた。
でも、忘れられないですよ。
列車が止まるたびに、必死になって見ていたホームの光景。
大平原の中、線路の上を歩いていく人々。
線路に座り込んで、じっと列車をみている男の子。
町場に近づくと、線路肩のほこりにまみれたごみが増えていく。
ボロボロの家。
列車が渓谷を通り過ぎるとき、岩場に真紅や真緑の布が見える。川の水で洗濯をしているんですね。
緑の畑をバックにひるがえる、極彩色の布。
夕方の16時~17時頃、
霧にけむるる緑一色の畑の、真ん中のあぜ道。原色・極彩色の服の女性が4人。全員が抱えきれないほどの大きさの緑の草の束を頭の上に乗せて、歩いていく。
後ろから、遠目にはベージュの服をきた人が2人、あとを追う。みんなのんびり、家路を歩いていく。
平山郁夫の絵みたい。
絵の中の景色だとばかり思っていたのに。
夢みたい。
遠いインドまでやってきて、夢みたいな景色が見れた。
来てよかったなあって、ずっと、息をつめて見ていました。