大英博物館(イギリス・ロンドン)で絶対見るべきおすすめ20の展示と見どころを紹介する!

島国であり海運力に優れ、各国を植民地として自らの傘下に置いた。石炭の生産と精錬に優れ、産業革命で一気に「世界の工場」「世界の覇者」として長く君臨した国、イギリス。「王者」の名にふさわしい、ありとあらゆる国や地域や時代を超えて集まった800万点を超えるコレクションの中から、必見!のお宝をご紹介。

British Museum

 

 

 

 

パルテノンの彫刻 Elgin Marbles Parthenon sculptures

British Museum パルテノンの彫刻 Parthenon sculptures

source:Justin Norris

古代ギリシア時代、紀元前5世紀にギリシャのアテネに建設された広大な神殿。

しかし時は流れ、廃墟になってしまった。あろうことか打ち捨てられ、見向きもされなかった野ざらしの損傷の激しい彫刻を切り取り、大事にイギリスに持ち帰ったのが19世紀はじめの当時のイギリスの外交官、エルギン伯爵。公開された彫刻は大評判を呼んだ。

古代ギリシャ人は人間の内面性は肉体が語るとし、作られた彫刻はみな肉体表現が堂々としていてスケールが大きく、大らかかつ荘厳であり、人間の志が何たるかを見る人に語りかけてやまない…。大英博物館の所蔵品の中でも別格中の別格。

20世紀後半に入り、ギリシャは「(パルテノンの彫刻たちを)返せ。」と言ってきた。気持ちはわからないでもないけど、神殿をボロボロのままでほっといたの、ギリシャでしょ!?我々がゴミ同然の彫刻に再び価値を見出し、箔をつけ、古代ギリシャ文明を格上げさせた。とジョン・ブルは一顧だにせず切り捨てた。

つまり盗品じゃないかとか、実は彫刻は建立当時彩色されており、アメコミと見まごう悪趣味(失礼)な色使いで、運び込まれた彫刻は大英博物館の職員がタワシで洗って真っ白にしたのだとかしないとか!?世界最高のお宝には目をむくエピソードは付き物なのは当然と言えば当然。

 

 

セレネの馬 Horse Of Selene

British Museum セレネの馬 Horse Of Selene

By Carole Raddato from FRANKFURT, Germany [CC BY-SA 2.0], via Wikimedia Commons

紀元前5世紀、ギリシャのアテネのパルテノン神殿にあった彫刻の一つ。

セレネはギリシャ神話の月の女神さま。絶世の美女で、金の冠。額には月のアクセサリー。毎晩、銀の馬車で夜空を駆け、月光の矢を放つ。夜が明け、セレネはその日の仕事を終え、地平線に沈んでいく場面の馬の首部分だけが独立して展示されている。念のために付け足すと、パルテノンに行けば馬の胴体が残っているわけではない。

この彫刻は大きい大きい神殿のはるか高い高い場所にあり、屋根近くの装飾の一部に過ぎなかったはず。なのに全長83.3cm。つまり神殿のスケールを感じることができる。そして建立当時、セレネの馬の表情を近くで見た人などいなかったはずだ。しかし。

リアリズムの極致。極限状態の動物、一晩走った馬の表情の特徴。目は腫れて飛び出し、鼻孔は拡がり、耳はこわばり、大きく口を開けて荒い息遣いであえぐ。浮き出る筋肉と静脈を巧みにとらえている。

馬はかつて人間にとっては貴重な財産であり、かけがえのない家族の一員でもあった。一挙手一投足を見つめる目の真剣さに現代人の我々は思いをはせ、また人間の肉体表現にとどまらない、古代ギリシャ彫刻の表現の巧みさ・豊かさにははーっと恐れ入ってしまう。

 

 

アンダーソンの猫(バステト女神像) The Gayer-Anderson cat

British Museum アンダーソンの猫(バステト女神像) Gayer-Anderson cat

British Museum [GFDL, CC-BY-SA-3.0 or CC BY 2.5], via Wikimedia Commons

紀元前8世紀、エジプト。イギリスは世界を征服し、領地の美術をイギリスに持ち帰り、研究したけど、アートの部門で不動の一部門に成長!?したのはエジプト美術だけ。インドも植民地だけど、華麗な品々は「南アジア美術」でひとくくりにされてしまう。

まず、ずば抜けた超々々々…大国であり、残されたアイテムの数がおびただしい。おびただし過ぎる。また、西欧人とは異質の独自の世界観があり、しかも表現のクオリティが非常に高い。

19世紀のイギリスで著名な美術収集家であり、英国軍医でもあったゲイヤー・アンダーソン少佐が寄付したから「アンダーソンの猫」。作者不詳。台座付きで42cm。けっこう小さい。ブロンズ像。耳と鼻には金のピアス。胸と額にはスカラベのお守りのタトゥー、首輪代わりのホロス神の目が描かれた銀の護符。はじめは目に石なりガラスなり、ついていたのでしょうが、今はない。

当時のエジプトでは、猫は太陽神ラーの娘、豊穣の女神バステトの化身とされ、神に近い聖なる動物として彫像にもなったし、死後はミイラにされて神殿に奉納されたりもした。

小顔でスレンダー、手足がすんなりと長い。スーパーモデルみたい。、今のエジプト猫に続く特徴を持つ、見目麗しくも神秘的な猫。もちろん大英博物館の数ある所蔵品の中でも最も人気のあるものの一つ。

 

 

ラムセス2世の胸像 The colosal bust of Ramesses II

British Museum ラムセス2世の胸像 The colosal bust of Ramesses II

source:bram_souffreau

紀元前13世紀。エジプト。王の頭飾りはコブラがついていたが葉損、おそらく写実ではなく偶像化した姿。

とにかく大きい。7.25tある。ナポレオン1世が遠征の際、持ち帰ろうとしたが挫折した。19世紀に苦労してイギリスまで運んできた。巨像であり、展示ルームの真ん中に置かれている。

全身像ではなく胸像なので見たとたんの顔が大きく、材質も花崗岩の赤でインパクト大きい!エジプトの歴代の王の中でも長い治世を誇り、武勇にたけた公共事業大好きの太陽王の若き日の甘く麗しくも精悍なお顔がグイグイ迫ってくる。ブログの大英博物館の旅行記などにもしょっちゅう出てくる。大きさって、大事ですよ。

他に有名なのは

  • 同じく赤い花崗岩のアメンホテプ3世の頭像(紀元前1,350年)
  • もひとつアメンホテプ3世のこちらは胸像(紀元前1,370年)
  • セヌーシュレ3世の黒の花崗岩の像(紀元前1,850年)
  • パビルスに残る色彩がなお鮮やかな「死者の書」(紀元前1,250年)
  • ミイラ技術が発達する前にエジプトの気候により自然にミイラ化した通称「ジンジャーマン」(紀元前3,500年)
  • 金色に輝くミイラの棺(紀元前1,250年)
  • 猫のミイラ

など。さらに18世紀の昔から今まで、精力的に発掘活動を続け、コレクションは増える増える。大英博物館の7室にのぼる永久不変のエジプト美術展示室では現在は全体の4%しか展示できない。特別展示に期待しましょう!

 

 

トトメス3世像 Green siltstone head of Thutmosis III

British Museum トトメス3世像 Green siltstone head of Thutmosis III

source:www.britishmuseum.org(CC BY-NC-SA 4.0)

紀元前15世紀、エジプト。トトメス3世といえば。エジプト第18王朝のファラオ、のちに「エジプトのナポレオン」とうたわれ、数々の武勲を打ち立てた王様。54年の長い治世を誇ったファラオ。

頭上にいただく冠は白。大きなアーモンド型の瞳。魔除けのはっきりしたアイライン、エレガントなアーチを描く眉、わずかに鉤鼻、やわらかく結ばれた口元。そして緑の石に掘られたお顔は、さながら飛鳥時代の仏様のよう。

エジプトにアルカイックスマイルって、あったんだ。もっとも、スフィンクスだって「世界の3大微笑(スフィンクス・モナリザ・奈良中宮寺の半跏思惟像)」アルカイックスマイルです。ギリシャ美術はアルカイック→クラシック→ヘレニズムと進む。そしてアルカイックは古代エジプト美術を影響を強く受けているのです。そしてギリシャの文化はインドに到着し、仏教と結びつき飛鳥時代に日本の奈良にたどりついた。

エジプトの王様の威厳と権威を見せつけるために作られた像だったはずですが、日本人の私には弥勒菩薩像とか救世観音とか法隆寺のお釈迦さまの縁続き!?にしか見えない。

3,500年前にエジプトで作られた像はイギリスに運ばれ、アジアの片隅から(やっとのことで)たどりついた私に微笑みかける。なんだか、不思議な気持ち。

 

 

ネバムンの墓の壁画(沼地での狩猟) Tomb of Nebamun

British Museum ネバムンの墓の壁画(沼地での狩猟) Tomb of Nebamun

By Ricardo Tulio Gandelman from Rio de Janeiro, Brazil (P1050664Uploaded by Marcus Cyron) [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons

紀元前14世紀、エジプト。ネバムン(人名)の墓にあった壁画。まず見たことがあるはず。有名である。教科書に出ていた。はるばる大英博物館まで出かけて行くのです。教科書にも載ってる有名なエジプトの壁画、見てきたよ~。ってドヤ顔したい。

エジプト美術といえば、そしてエジプトに限らず同じ系統の流れの中では失礼ながらどうにも似たようなポーズ・表現に終始しがち。(しかし壁画の画家も銅像彫った人も自らの表現欲にかられて作品を作ったわけではないので仕方がないといえば仕方がない。)

しかし。エジプト美術の中でピカリ光り、キラリ光る星。まずはベルリンの「ネフェルティティ頭像」。続いてカイロの「ツタンカーメンの黄金のマスク」。そして大英博物館の「ネバムンの墓の壁画。」3つとも色鮮やか。そしてリアルであり、描かれた人やいきものの気配が伝わってくる。

当時、墓の壁画は故人の死後の世界がかくあってほしいとの願いから描かれた。故人は永遠に若く、エネルギーに満ち溢れる。傍らの妻も美しく着飾り、娘はあどけなくいとおしい。いつまでも変わらない。沼地は肥沃であり、植物は豊かに実り、鳥たちは集う。五穀豊穣極楽浄土の来世を願う壁画は一番有名な「沼地の狩猟」も含めて16点が大英博物館の所蔵品。

 

 

ティル・トゥーバの戦いのレリーフ Relief of Til-Tuba

British Museum ティル・トゥーバの戦いのレリーフ Relief of Til-Tuba

source:www.britishmuseum.org (CC BY-NC-SA 4.0)

紀元前7世紀。イラク。メソポタミア美術の名作のひとつ。

アッシュールバニパル大王はエジプトを征服した後、ティル・トゥーバの戦い(ウライ川の戦い、紀元前653年頃)でエラム王国を破り、混沌たる古代オリエントの統一を果たした。 このレリーフは戦勝記念!?戦場記録!?として古代アッリシアの都、ニネヴェ宮殿に作られた浮彫。しかも大きい。幅5m半近く、高さ2m以上。

そして10以上の、アッシリア人にとって輝かしい戦いのクライマックスシーンが、息をのむ精緻さ・細かさでびっしりと彫刻されており、戦場シーンなので残酷なんですが、残虐なんですが。見とれてはホントはいけなんですが。そして、解説!?つきなんです。楔文字で銘文が刻まれ、戦いの様子を伝える。

雲か霞か見まごう大軍同士が川のほとりでぶつかり合う。アッシリア兵とエラム兵は装備が違うから見分けやすい。(アッシリア兵重装備、エラム兵弓しょっている)エラム王テルマンは死者がルイルイと横たわる戦場で、戦車から引きずりおろされ、斬首され、首は勝利の印として、祝宴の庭の木に吊るされる…。

アッシュールバニパル王は、世界最初の図書館を作ったことでも有名。粘土版ですが。楔文字ですが。記録3万点以上、今は大英博物館にある!残って良かった!

 

 

アッリシアのライオンのレリーフ The Royal lion hunt reliefs

British Museum アッリシアのライオンのレリーフ The Royal lion hunt reliefs

By Carole Raddato from FRANKFURT, Germany [CC BY-SA 2.0], via Wikimedia Commons

紀元前7世紀、イラク。誰もが認めるアッシリア芸術の最高傑作。

もともと、アッシリアは人を困らせる悪いライオンを退治したことからできたという伝説がある。このレリーフが作られたころには、生け捕りにしておいたライオンを、祭礼の際、王だけが殺すことができる。良く言えば豪壮華麗、悪く言えば残虐なアッリシアの人々。殊に王様の豪華な衣装、華麗なブレスレット・ネックレス・ピアスはすべて金。みなぎる精気は時を経ても全く衰えることなく、伝わってくる。

そして殺されるためとも知らず檻から出るライオンの勇ましさ、頭に矢を受け、なお王に挑みかかるライオン。野を馬車で駆け、弓を引き絞る王、矢を浴びながら天を仰ぎ咆哮し、なおも進むライオン。馬上の王に挑みかかり、王の槍に喉を一突きにされるライオン…とすさまじい。鬼気迫る…。

人間がスタンプ押したみたいな描写なのに。 なぜにここまで、ライオンが(ついでに言えば馬も良い)リアルなのだろう。神業なのだろう…。

そしてアッシリアといえば巨大な超一流美術館に必ずある巨大な人面有翼牡牛像(ラマッス)、大英博物館にももちろんあります。(仏ルーブルにもある、米メトロポリタンにもある)大英博物館の人面有翼牡牛像は現イラク、コルサバードから出土した2体で1対、各高さ4.4m、長さ4.4m、重さ16t。巨大である。むろん、訪れる人はみな威容に打たれる。

 

 

インドの仏像 ナイン・プラネッツ(九曜) the nine planets, the 'navagrahas'

British Museum ナイン・プラネッツ(九曜) the nine planets, the 'navagrahas'

By Andres Rueda [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons

13世紀、インド。昔、インドはイギリスの植民地だったんだから、良いのがあるはずだ。できることなら、大物。で選んだのは9体一組の仏像。(石造)

  • スーリヤSurya(太陽)

は両手に各々ハスの花を持つ。

  • チャンドラ Chandra(月)
  • マンガラ Mangala(火星)
  • ブッダBudha(水星)
  • ブリハスパティBrihaspati(木星)
  • シュクラShukra(金星)
  • シャニShani(土星)

数珠や水瓶を手にしている。細面、角顔、スリムお腹がぽこんと出ている…。各々違う。でも髪を結い上げ、きらびやかな冠をつけていらっしゃいます。お顔も優しそう。

  • ラーフRahu(羅睺星(古代インドではあるとされていた星))

には身体の上半分しかなく、牙をもつ鬼の姿。(顔も大きくてコワイ)自然の厳しさを象徴している。

  • ケートゥKetu(計都星(古代インドではあるとされていた星))

は、下半身はとぐろを巻く蛇。右手に剣を持つ。

ナヴァグラハ、と呼ばれ、製作当時、インドのオリッサ州では最もよく見られたスタイルで、盛んに作られた。始めはケートゥのいないエイト・プラネッツでしたが、次第にナイン・プラネッツ、9体一組へと。

宇宙を司る9人の神様ですから、人々は豊作祈願、健康長寿を祈ったのでありましょう。現地にも何組かはかまだ残されています。

 

 

オクサスの遺宝 Oxus Treasure

British Museum オクサスの遺宝 Oxus Treasure

© Marie-Lan Nguyen / Wikimedia Commons, via Wikimedia Commons

中央アジアのオクサス川(現ダジキスタン)のほとりで発見されたとされる金製品。種類が多く、多岐にわたり、質が高く、刻印があることから、寺院あたりの捧げものだったのではないかと言われている。

この宝物は探検隊は掘り当てたのではありません。19世紀後半に発見!?され、注目!?され、現地とのツテ(地元人が生活のために遺跡の金を売る)を持つディーラーさんからお金を持っているコレクターが買い受けた。コレクターの死後、19世紀末、大英博物館に寄付された。ちなみにロシア・エルミタージュ美術館にもオクサス・トレジャーらしき所蔵品がある。

ディーラーさんだって、地元の人だっって、死活問題です。見つけた場所は決して、絶対に言わない。紀元前4~6世紀のものとされていますが、「(オクサス・トレジャーって、)全部偽物なんじゃないのか。」の声があがるのはごもっとも。

論争に決着はついていませんが、大英博物館も、エルミタージュ美術館も、「本物」として公開している。

有名なのは2頭のグリフィンがあしらわれた金のブレスレット。金でできてる二頭立ての馬車。コインや紋章、人や動物の像、食器、アクセサリー…。

 

 

ルイス島のチェス駒 Lewis Chessmen

British Museum ルイス島のチェス駒 Lewis Chessmen

British Museum [GFDL or CC BY 3.0], via Wikimedia Commons

作られたのは12世紀、ノルウェー。発見されたのは19世紀のスコットランド。ルイス島は9世紀からバイキングがに支配され、ノルウェーの支配下にあった。砂丘に埋もれていたチェス駒は、さながら突如現れた彗星のよう。78個の駒が完全な形で現れた。あっというまに大英博物館がお買い上げ!もっとも大英博物館より前に11個をお買い上げした人もいて、今は大英博物館に67個、スコットランドの博物館に11個ある。セイウチの牙とクジラの骨でできている。

見ていて楽しい。そして表情がいいですよね~。キング・クイーン・ビショップ・ナイト・ルーク。王さまも女王さまも司教さまも、怒ってるんだかびっくりしてるんだか揃って不機嫌なのか!?ユーモラス。

古い絵や彫刻は、お寺や教会に行けば残ってるけど。こんな親しみやすくて引き込まれる表情、していない!チェスの駒だから、手で持てる大きさだから2~3頭身。の制約の中で千年近く前の人間の表情があまりにも活き活きしている!と200年前のイギリス人も感動したに違いない!

今の無味乾燥なチェス駒に、いつから変わってしまったのかしら。映画の「ハリー・ポッター」でも使われていましたね。

 

 

マヤ遺跡のレリーフ The Yaxchilan Lintel 25

British Museum マヤ遺跡のレリーフ Yaxchilan Lintel 25

I, Sailko [GFDL or CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

8世紀、メキシコ。幻想的である。そして華麗すぎる。怪しい炎が立ち上るかのような緊迫感。

右下にいるのは着飾ったカバル・ショーク王妃さま。

呪術は終わり、貢物を祭器に納め、大儀を終えたトランス状態・幻覚状態のお妃さまの目には、はっきりと見える。己の血の入った祭器から双頭の大蛇が立ち上るがごとく現れるのが。そして大蛇の口から煙とともに勇ましい戦士(建国の祖の先祖ともいわれている)が現れるのが…。

白昼、サンサンと光を浴びながら見るにはあまりにもったいないのでは…。王妃さまの表情が素晴らしい!衣装やアクセサリーの豪奢なこと!ドラマチックなシーンは 古代マヤ文明の最高峰のレリーフとされている。古代マヤ文明のロマンは迫真の描写の記録の見事さにより後世に名を遺す。イギリスは驚愕し、自国に持ち帰ってしまった。今もメキシコのジャングルには、息をのむレリーフの数々が残されているのだとか。

大英博物館にあるもう1枚のヤシュチラン・レリーフもすごい。王様、シールドジャガー2世とともに祈りの儀式を捧げる。王妃は王の元にひざまずき、流血の儀式が執り行われる。己の舌で黒曜石入りのロープを舐め、流す血を神に捧げるのです。まさにクライマックス!

 

  

唐三彩の副葬品 Chinese Tang tomb figures

British Museum 唐三彩の副葬品 Chinese Tang tomb figures

By beogles [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons

8世紀、中国は洛陽。

  • 神王(獣面角付翼あり牛のひずめ)
  • 魌頭(怒髪天を突いて怖い顔)
  • 文官
  • ラクダ
  • 馭者

各2体1対。黄色と緑と藍の色合わせなど、主に3色の釉薬を使った唐の焼き物が「唐三彩」。副葬品が多い。この像たちも偉い将軍様のお墓に納められていた。また三彩の技術はシルクロードを経て世界に広まっていった。

神王・魌頭は悪い奴らからご主人さまを守る。文官、馬、ラクダ、馭者は長い黄泉路の旅のお供。極楽でもまめまめしくご主人さまにお仕えするのでしょう。

花の都、インターナショナルシティ、洛陽。神王と魌頭はインドから来た神様ですし、お付きの方の彫りも深い。ラクダはシルクロードを超えて中国までやってきた。と国際色豊かである。

唐の時代には一般的な副葬品のため、世界各地に元お墓にあった副葬品は展示されている。唐三彩の焼き物や人形は数あれど、これだけ状態が良く(ボロボロで、釉薬が取れかかりカサカサの肌の唐三彩の破片を有り難く展示してある美術館や博物館、たくさんあります)(「…ただ釉薬を上からかけて流して焼いただけなんじゃないか」的なものも多い。)、大きく、数が揃い、1つひとつの像の表情がくっきりはっきり読み取れる展示って、 珍しいのです。

ラクダのいななきが旅の始まりを告げるかのようです。

 

 

葛飾北斎「凱風快晴」

British Museum 葛飾北斎「凱風快晴」Katsushika Hokusai Clear Day with a Southern Breeze

source:www.britishmuseum.org(CC BY-NC-SA 4.0)

大英博物館にも日本美術コーナーはある。日本人以外に人気があるのは、鎧兜や甲冑だそうで。そして正直に、はっきり言います。大英博物館の日本美術はイマイチ。「なぜ!?なぜ日本の国の宝がイギリスなんかに!!!」とくやし涙にかきくれてしまうようなモノが、ない。

でも、浮世絵の所蔵数は数多い。(大英博物館のコレクション・オンラインで「葛飾北斎」と検索かけたら919件ヒット。)版画だから本物が世界各地にある。2017年夏、大英博物館は葛飾北斎の特別展を開催し、15万人の人が押し寄せ、前売り券は早々に完売、当日券を求めて毎日長蛇の列、大盛況・大成功のうちに終了し、イギリスでの人気を再確認できた。

この絵と「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」、日本国内でも有名な2枚を、大英博物館は当然、2枚とも所有している。(「神奈川沖浪裏」は5~8,000枚摺られ、現存するのは100枚。うち3枚を大英博物館が所有。また、「神奈川沖浪裏」の青は通称「ベロ藍」、プルシャン・ブルー(紺青)は英国からもたらされた浮世絵後期の新しい色材で、世界との繋がりなくしてあの青はありえなかったこと。など、英国と北斎の関わり合いの新しい事実を知ることができたのも収穫でした。

 

 

喜多川歌麿「歌まくら」

British Museum 喜多川歌麿「歌まくら」Kitagawa Utamaro Poem of the Pillow

source:www.britishmuseum.org(CC BY-NC-SA 4.0)

葛飾北斎の特別展に先立ち開催され、大好評を博した大英博物館の「春画展」(2013年)。目玉は日本浮世絵美人画不動のNo.1、歌麿描くところの「歌まくら」。

美術館や大学の偉いセンセイは、普通自分の研究の成果に春画系統が入るのを無意識に避ける。しかし、浮世絵って、もともと王侯貴族のものじゃない。無名の、市井の人々の単なる慰みもの。そして眉をひそめたくなる分野、すなわちアダルト・スキャンダルは、売れる。当然盛んに出版されていたし、歌麿にとっては自家薬籠中のジャンルである。歌麿の褌で相撲を取っておきながら歌麿の得意技を封じるってのは、その手はないですよねぇ~。ま、家族で、みんなで見に行く絵ではありませんが。

そして春画は発禁本である。贅沢は敵だ、とお上が目をつけ「豪華すぎる浮世絵禁止!」なんてご法度が出たりした。封鎖されれば破りたくなる。発禁本は御禁制の縛りがありませんから、星の数ほど地下に潜った春本の中には。確かに息を呑む、彫りにも摺りにも糸目をつけず贅を尽くした極上のものは存在する。

歌麿は女性をあがめ奉る傾向が強く、母子像なんかも見てて空恐ろしく、歌麿の春画の女性は積極的。…実生活ではあんまりお近づきになりたくないタイプではありますが、絵は世界が認めた。大英博物館のコレクションオンラインで「喜多川歌麿」で検索かけると、414件、ヒットします。

 

 

バターシーの盾 The Battersea Shield

British Museum バターシーの盾 The Battersea Shield

source:www.britishmuseum.org (CC BY-NC-SA 4.0)

紀元前1世紀、イギリス。19世紀、ロンドンで工事中にテムズ川の底から発見された。古代ケルト美術の名品としてとても有名。

ケルト美術は、ヨーロッパの鉄器文化、ラ・テーヌ文化の流れを組み、独自の発展を遂げ、装飾性が豊かで幻想的、優美で典雅でありながら、どこかしら古代の呪術の香りがしますね。傷がない。戦った跡がない。そして敵の攻撃から身を守るのに、この盾は薄すぎる。ことから、おそらくは武運長久を願い、川に投げ込まれた奉納品。

鈍い金色に輝く78cm×36cmの盾で、大きな円が真ん中。小さな円が上下に1つずつ。それぞれの円の真ん中は盛り上がり、赤いエナメルがガッチリセッティングされている。(アップで見ると青もある。変色したのだろうか…。)エナメルは全部で27か所。大小取り交ぜて、円の中に埋め込まれている。

シンプルならせん模様、シンプルな唐草模様が打ち出し、リベットの止め、表面の点描や浮彫、エナメルの台座セットの技巧で表現されている。

金色と赤のコンビネーション。美しく、強く、エレガント。古代の呪術の息吹が伝わってくる。絡み合ったラインは五穀豊穣・健康長寿を意味する結び目(ノット)によって繋がれている。デザインには祈りが込められている。

 

 

ウルのスタンダード Standard of Ur

British Museum ウルのスタンダード Standard of Ur

source:www.teachinghistory100.org

紀元前27世紀、イラク。人類の文化のあけぼの。チグリス川とユーフラテス川のほとり、メソポタミア文明の夜明けとともにあったシュメールの古代都市、ウルから出土された華麗な箱。用途は不明。シュメールの代表的な美術工芸品。

とりあえず発見者が「スタンダード(Standard、旗章、軍旗)」と命名し、そのまま名称になっている。幅50cm余り、高さ20cm余り、奥行4.5cm。発見されたのは日本で言えば昭和のはじめ。戦果!?は黄金の兜や王冠、宝飾品など、35,000点にのぼる。

前後左右それぞの面にラピスラズリ、赤色石灰岩、貝殻などを天然アスファルトで固着したモザイクが施されている。大きな面の一方には戦車と歩兵を従えたウルの王が敵を打ち負かす「戦争の場面」、その反対側の面には山羊や羊、穀物の袋などの貢納品が運ばれ王と家臣が宴会を楽しむ「平和(饗宴)の場面」が描かれている。

ウルは旧約聖書の預言者アブラハムの故郷とされ、世界最古の国際都市とされている。場所がイラク南部なので、きなくさい地域であり、民族紛争や戦争のため、長く発掘活動ができなかった。近年、アメリカとイラクの間で発掘作業が再開された。どうか平和が続きますように。

 

 

イースター島のモアイ像 Easter Island Moai

British Museum イースター島のモアイ像 Easter Island Moai

source:Jay Galvin

11~13世紀。イースター島。本物ですよ!

19世紀、探検隊がイースター島に上陸し、収集し、女王陛下(ビクトリア女王)に献上され、女王陛下は大英博物館に寄付した。それは、行ってみたいけれど。あまりに遠い。太平洋に浮かぶ絶海の孤島。一番近い人のいる島までの距離は2,000km。

大きさは高さ2.42m、幅96cm、直径47cm。玄武岩(固い)製。写真で見るイースター島のモアイは風雨にさらされてきた凝灰岩(柔らい)。のでモアイの肌の質感が違いますね。そしてやや小ぶり(高さ3.5m程度のものが多い)であり、一般のモアイは海を背にして並んで立ちますが、このモアイは儀式が執り行われたとみられる場所で発見された。赤と白に色が塗られていて、目には赤い石とサンゴがはめられていた。

小さなモアイならともかく、巨大なモアイとなると、どうやって運び、どうやって刻み、どうやって像を並べたのか、まだ謎は解明されていない。いつしかモアイを作る習慣はすたれ、イースター島はヨーロッパ人により「発見」され、ポリネシアから流れ着き、定住したとされる住民は奴隷として連れ去られたり、残った者も多くが結核や天然痘に倒れ、現地の文化は途絶えてしまった。

 

 

顧 愷之「女史箴図」Gu Kaizhi

British Museum 顧 愷之「女史箴図」Gu Kaizhi Admonitions of the Instructress to the Court Ladies

Gu Kaizhi [Public domain or Public domain], via Wikimedia Commons

8世紀。中国。顧愷之は4世紀の終わりの画家で、存命中から天才との呼び声が高く、才気煥発。行動は颯爽、突飛で目立つ。弁舌は爽やかで機知に富む。人物画が得意で描写は流麗、人気絶頂引っ張りだこ、絵画論まで執筆する。今に残るのは絶賛の言葉はかり。名画ぶり、天才ぶりをほめたたえる声しか残っていない。

さらに、なにしろ6世紀の人なので、肝心かなめの顧愷之本人が描いた絵は!1枚も残っていない!!!「書聖」と呼ばれた王羲之も、真筆は残っていない。顧 愷之は「画聖」。どちらも今あるのか模写だけ。でも名声は揺るがない。

大英博物館所蔵のこの絵は、模写です。そして顧愷之の真筆の息吹を最もよく伝えている。と言われています。言われている、言われているばっかりで恐縮なんですが…。

絵巻物で、大英博物館の待遇!?もスペシャル。特別な部屋を1室用意し、あかりを落とした展示ケースの中。あまたの王侯貴族が、「顧愷之の絵を所有した」証拠にと所せましと押した印影とともに、たたずんでいる。

戦乱の時代、文化も入り乱れ、顧愷之の生きた六朝時代は貴族文化が繚乱と花開いた時代。当時の艶なる宮中の様子を垣間見ることができます。

 

アロー号事件とも義和団の乱とも諸説あり。乱世のどさくさの中、東洋の稀有なる珠玉の宝物の絵巻物は、イギリスにいってしまった。

 

 

ロゼッタストーン Rosetta Stone

British Museum ロゼッタストーン Rosetta Stone

source:Agnn Foon

どこの大英博物館の特集でもトップだし。取り上げないわけにもいかない。

紀元前196年、古代エジプトのプトレマイオス5世が出した勅令を刻み、神殿に安置した石碑の一部。古代エジプトの神聖文字(ヒエログリフ)、古代エジプトの民衆文字(デモティック)、ギリシア文字で同じ内容の文章が記されている。縦114.4cm、横72.3cm、厚さ27.9cm、重量760kg。

ナポレオン・ボナパルトが「このピラミッドの上から、4,000年の歴史が君たちを見下ろしている」とエジプト遠征を行った際、1799年7月15日、フランス軍兵士ピエール=フランソワ・ブシャール大尉によって、エジプトの港湾都市ロゼッタで発見された。 1801年、イギリス軍はエジプトに上陸し、フランス軍は降伏。同年のアレクサンドリア協定のもと、ロゼッタ・ストーンはイギリスの所有物となる。早速ロンドンに運ばれ、以来今日にいたるまで大英博物館の看板中の看板。

若き語学の天才、ジャン=フランソワ・シャンポリオンが夜も日も開けず暗号解読に取り組み、わずか31才で世界中のライバルとのデットヒートに打ち勝ち(解読競争はフランスの勝利)、ついに石碑の全貌が明らかになる。知の扉は一気に開け放たれた。古代エジプトの研究は一気に進むこととなった。

一方、苦労続きのシャンポリオンはロゼッタ・ストーンの解読者としての栄光と引き換えに、若くして世を去る…。ナポレオンにも、生々流転の晩年が待っていた。

と歴史上の大物が次々登場し、幾多の人間ドラマと国と国との駆け引き。エピソードの1つ1つのスケールが大きく、胸躍る。

 

 

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(アメリカ旅行に行ったときの記事です)

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