ひとみにカルチャーショックを。

旅行・グルメ・美容をメインに綴る女性向けの趣味ブログ

料理を手抜きしながら薄味に仕上げるために心がけていること

料理は嫌いではないのですが、毎日となると義務感が先に立つ。

おまけにウチの家族は基本「やってもやらなくても文句を言う」タイプなので、モチベーションを保てというのが土台無理。

しかしゴハンくらい作らないと。できるだけ野菜多め、薄味に仕上げたい。

lighttaste

 

 

なぜ薄味にこだわるのかが

ウチの家族は大変に繊細で、味にうるさい。(と持ち上げておけば間違いあるまい)

私が気を抜いて作った料理を、わりと残酷に残します。

私は顔の見える人が作ってくれた料理を残すことは失礼にあたると思うのですが

敵は「食欲ないのに食べろっての? 」と繊細さをアピールしてきます。

また、家族がゴリゴリの糖質制限食に取り憑かれていた時期もあり、

同じ材料を使った料理でも、特に和食の「甘辛」、砂糖と醤油をベースにした味付けだとまるっきり手も付けてくれない時期もあった。

精が出ないことこの上ない。

(例:肉じゃがは食べない、ミネストローネだと食べる、照り焼きは食べない、シンプルに塩コショウのステーキなら食べる)

同じ料理を作るのなら、食べてくれた方がいいに決まっている。

そして手をかければかけるほど、 反比例して私の作った料理を食べる確率が下がっていくことに だんだんと気づいていった。

 

つまり 限りなく

  • 切っただけ
  • 熱を加えただけ

の料理をつくる。

そして味付けはポン酢しょうゆなり、

いただきもののなだ万ドレッシングなり

塩コショウなりを

めいめいが好きなだけかけまわし

自分の好きな味付けで食べればよい。

 

出張先で同僚を昼食を取る。とんかつ定食などが出てくる。相手から

「家では(私は)ソースをかける権限がない。食事の調味料の量は奥さんが管理している。」

とのため息交じりの告白を聞かされ

ご主人の健康を気にかけてくださっているんですね、ありがたいと思わなきゃ、

良妻賢母じゃないですか~、と持ち上げながらも

当の自分は家族の健康を守る責務を放棄しているのではないかとの

罪悪感がふと胸をよぎる。

 

しかし。

食べてくれないよりは絶対いいはずだ!

 

 

料理を薄味に仕上げるためにやっていること

なお、食事は基本自分で作ります。

 

味見をしてから調味料をかける・薄味に慣れる

ほうれん草のおひたしなんかだと、しょうゆ、かけないもんなあ。私。

食べられるならそのまま食べてしまえばいいのです。

調味料を使う前にまず1口食べてみる。

私の場合、ゴハン・白米はさすがに無理だ。

一口くらいはいけても、茶わん1杯となると…。

豆腐なんかも同じ。1口ならいいけど。

納豆なら、ゴハンにかけるのではなく、

副菜の1品とみなせば、付属のタレを使わずともそのまま食べれば大豆の風味。

大根おろしなら、単独では無理なだけど焼き魚に添えてある大根おろしであれば、しょうゆなどかけずとも、大根おろしだけであっさりイケてしまう。

食卓に出てきた食べ物の「あるべき食べ方」をいったん棚おろししてみて、ほかのやり方はないかトライしてみる。

 

塩味・砂糖味以外の味付けに目を向ける

なぜ薄味が推奨されるのかというと、塩分のとりすぎ、糖分のとりすぎの弊害が知れ渡っているからです。

わさびやトウガラシの辛味は、一度に平凡な人間が口にする程度なら、口の中で刺激を感じる程度で、健康・長生きに支障はないらしい。

お酢はとればとっただけいいらしい。米酢・黒酢・ワインビネガー・バルサミコ酢。

ポン酢しょうゆも、お酢のすっぱさでお醤油の塩分の足りないのに目くらましをかけている。

オイルはモノによる。オイルそのものは「舌にかすかな甘み」を感じさせるから、下味としては優秀な素材です。

とりすぎは良くないのでしょうが、まるっきりシャットアウトしてしまうのは現実的ではない。

炒めものに使うのならオリーブオイルやごま油、

温めないで使うならえごま油とかアマニ油を使う。

「切っただけ」系統のサラダも、油を足せば野菜のパサパサ感がなくなってしっとりして食感もいいし、「下味をつけたサラダを出しているのだ」と、ささやかなんですが、家族の健康を担う料理番としての自分に箔をつけた気分でいられる。

スパイスも上手に使えば、目先変わっていいですよね。

最近はシーズニングスパイスも種類も増えているし、1回分ずつ使う分が小分けになっていればムダも出ない。

 

市販のおかずは味を薄めて使う

スーパーで「ひじきの煮つけ」を買ってくる。

ツナを足す。家の乾燥ひじきを足す。にんじんを足す。ゆで大豆を足す。

調味料を足さなければ、当然味は薄くなる。

「八宝菜のもと」なんか買ってきたりする。袋に出ている分量より野菜を増やす。キャベツ100グラムとあれば200グラム使う。

「チンジャオロースのもと」を買ってきたら勝手に玉ねぎを足す…。

と出来合いのおかず系統を使う時には、

もれなく袋に書いてあるレシピの言うことを聞かず、材料(特に野菜)を多め、多めに使っていく…。

全体量が増えれば、味は薄くなります。

 

はっきり言って、物足りなさはある。

料理上手な人なのであれば、

うまみをプラスして調節し、「薄味だがカバーして余りある味わい」

にしてしまうのでしょうが、私ごときにそんな技はありません。

しかし、食生活とは毎日の積み重ね。

八宝菜の味付けが多少薄かろうと、わざわざしょうゆをかけたりしないし、

チンジャオロースにわざわざソースまでかけたりしない。

外で家庭料理と似通ったメニューを食べる機会のない人にとっては 私の料理こそが味のスタンダード。

「なんかメリハリつかない」と心中ぼやいたとしても 目の前の空腹が今とりあえず満たされる。

1年365日、10年20年と続けていけば薄味こそが我が家の味付け。

繰り返し繰り返し洗脳していくのです。

 

 

外食やコンビニごはん、カップラーメンももちろん食べます

いやあ、おいしいですねえ。外食。

週末、一人で食べる昼食なんかは、自宅近くのコンビニまで歩いて行って、カップラーメン1コ買って帰ってくる。

ワクワクしながらお湯をさし、一口すすり、いやあ、ジャンクな味付けって、なんておいしいのでしょう!

宴席に出たり、コース料理をいただいて帰ってくると、かなりの確率で便秘が解消されます。

外で使う油の量と、家で使う油の量が違うんだと思います。急にいつもと違うものを食べると、てきめんに体が反応する。

 

 

私の食生活の問題点

ダイエットはしたい。しかしムリしても続かない。なるべく楽な方法を。

人に聞き情報をあさり、スリムになれる食生活と今どきの意識高い方々が理想とし、実践されているメソッドはシンクロする部分は大きい。薄味、も当然あるべき食生活に含まれる。

私が実行しきれていないのは

  • 白砂糖のとりすぎ(辛いことも悲しいことも甘い食べ物でまぎらわせてきた人生↓)
  • 「〇〇の素」的な食材(だしの素、市販のあわせ調味料など)を使わない
  • アヤシイ食材を使うな(ダイエット甘味料とか)
  • ただ安いだけの食材を使うな(安売りの肉魚がひんぱん過ぎるほど食卓に登場する我が家)
  • (食生活じゃないけど)運動する。筋トレして基礎代謝量を増やす
    (仕事やブログ更新が忙しいとついついジム通いがおろそかになる)

そうは言われても…、気弱になりつつも心の中で口答えがこだましてしまう。

 

ただ

  • 水分は毎日ガンガン取っている
  • 甘い食べ物は好きだが甘い飲み物は嫌い
  • 自家製スムージーは飲んでいるので野菜不足の心配だけはなし
  • 会費がもったいない、モトを取らねばとの強烈な動機付けのためにスポーツジムに入会

できる範囲で、やれることはやっている。

 

ピンピン生きてコロリと死ぬために多少の努力をするのはやぶさかではないものの

「今を生きる」刹那的な生き方も捨てられないなあ。やっぱり。