【画像133枚】フレッド・アステアの究極の映画とダンスと歌を徹底的に紹介する!

フレッド・アステア(Fred Astaire 1899-1987)。20世紀最高のダンサー(タップダンサー)であり、みがきぬかれた洗練・優雅、気品・品格・エレガンス。を兼ね備えたパフォーマンスで半世紀以上にわたるキャリアの間じゅう、観客を魅了し続けた。

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おこがましすぎますが日本の言葉で言えば人間国宝クラス。いや、それ以上。アメリカ芸能界の重鎮であり、大大大大大スター。

おすすめミュージカル映画の名作や名曲、代表的なダンスのかずかずと作品の見どころを順番に。

今はみんな、You Tubeの動画で見ることができる。重すぎるからブログには張れませんでしたが、原題を英語でのせてますから、お役だてください。

 

 

イースター・パレード (Easter Parade 1948)

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  • 殿堂入りのミュージカル映画の名作であり、かつ大ヒット。70年前の映画でありながら現代でも入手しやすい・鑑賞しやすい。
  • 主演のコンビ、フレッド・アステアにとっても、ジュディ・ガーランドにとっても、いえ、この映画にかかわった人すべての生涯の代表作の1つとなった。
  • 映画の冒頭からフィナーレまで息もつかせぬ芸達者の名人芸の連続!楽しい!すごい!ハッピー!
  • 歌はアーヴィング・バーリン(Irving Berlin 1888-1989)名曲・佳曲ばっかり! バーリンのカラっとした作風は、アステアとことのほか相性が良い。アステアの軽妙・粋なエレガンスがバーリンの曲に照りと深みと柔らかさをプラスするのです。

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アステアのソロナンバーでみるべきなのは

ハッピー・イースター Happy Easter

映画のトップを飾る曲。1912年のニューヨーク、良く晴れたイースターの日、パリっと全身隙なく装い、満面の笑顔ですれ違う人に「ハッピー・イースター」と挨拶しながら、高級ブティックめぐり。恋人にプレゼントを次々とお買い回り、お買い上げ。帽子屋さんで美女がマネキンとなり、最新流行の帽子をかぶって次々を現れ、「ハッピー・イースター」と挨拶するシーンは、とってもオシャレ!ステキ!

 

ドラム・クレイジー Drum Crazy

お買い物で立ち寄ったお店で、かわいいウサギのぬいぐるみを見つける。これもプレゼントしたい。と狙うが、男の子がぬいぐるみをつかんで離さない…。そこでアステアは華麗に歌い踊り、男の子にはぬいぐるみよりもドラムセットさ、とタップダンスと歌で興味をそらせ、ささっとお札を置いて! あくまでも華麗にぬいぐるみを抱えてお店を去って行く。

 

ステッピン・アウト・ウィズ・マイ・ベビー Steppin' Out with My Baby

映画の後半のクライマックスの1曲。極彩色のステージ。アステアの役柄はブロードウェイのスターなので、劇中のステージで披露する劇中劇。

ナイトクラブに現れ、「今日こそ恋の叶う日だ!」とあくまでソフトタッチながら酒場の美女と美男をしたがえて意気揚々と歌い、スピーディに踊る。

後半、アステアの動きがスローモーションでとらえられ、バックで踊る群舞の男女は普通のスピードで踊るシーンがありまして、今ならなんてこと、ないけど。1948年です。画期的だった。目にもとまらぬ迫力で繰り広げられるアステアのパフォーマンスを、スローモーションで鑑賞できる!

 

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相手役、ジュディ・ガーランド(Judy Garland 1922-1969)とのナンバーは

美しい人には美しい服 Beautiful Faces Need Beautiful Clothes

歌はロマンティックですが、映画の中ではコメディータッチに変わってしまっている。2人が踊ると、ガーランドの衣装の羽が落ちて飛んで舞う。
コンビ結成したはいいものの、演目が合わず、うまくいかない…の設定なので、ちぐはぐな印象を狙っているのでしょう。

 

I Love a Piano
Snookey Ookums
The Ragtime Violin
When the Midnight Choo-Choo Leaves for Alabam

4曲、続きます。

恋する前のパートナーに振られ、半ばやけ気味で声をかけた酒場の歌手を新パートナーとコンビを組む。はじめは前パートナーのイメージを引きずっていた舞台も、本人の個性にあった演目でなければ、と気づくと、内容が変わっていく。

I Love a Piano はジュディがアステアのアパートで歌い、やがてステージで歌い踊るシーンに変わる。Snookey Ookums も The Ragtime Violinも同じくステージシーンの歌。When the Midnight Choo-Choo Leaves for Alabamはコンビの人気ががあがり、アムステルダム劇場でジークフェルドのテストを受ける画面で歌い踊るナンバー。

ジュディ・ガーランドは、基本、小柄で親しみやすく可愛い女の子なんですよね。コメディ・センスもある。素直でもあるが気の強いトコもある。歌が上手でフェミニンというよりはいきいきと躍動的。優雅に踊るというよりは小柄な体なのにパワーで押す…。
ならセックスアピールは皆無なのか、というとまたそれは違う。ただ、この映画で演じたキャラクターには向かないから…の理由でボツになったナンバーもある(後述)。

 

乞食のカップル A Couple of Swells

大評判の二人、アステアとジュディが乞食のカップルに扮して歌い踊るユーモラスなナンバー。

全体にいかにも舞台的なのがこの作品の大きな魅力だけに斬新で強い印象を残したダンスナンバー。映画の中でいちばん有名なナンバーかも。

乞食ですが。ボロボロなんですが。歯も抜けている(黒く塗って歯抜けにみせている)。そしてやっぱり、トップ・ハットなんです。燕尾服なんです。見ていてついつい頬のゆるむ、面白おかしくほほえましいナンバーで、アステアにとってもジュディにとっても唯一無二のシチュエーションだった。

「馬は撃っちゃったし、車はカギなくしたし、歩いて行くか~」と意気揚々と舞台を退場する2人は、満席の舞台で万雷の拍手を浴びる。

 

イースター・パレード Easter Parade

映画のフィナーレを飾る曲。

いろいろあったけど、2人のコンビは大成功。スターが2人、腕を組んで町を歩けばカメラマンが2人の写真を撮る。アステアは胸ポケットから指輪を取り出し、ジュディは指輪をはめ、見つめ合い、カメラはどんどん引いていって。喧騒のニューヨークの町の大俯瞰でジ・エンド。

 

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アン・ミラー(Ann Miller 1923-2004)とのナンバーでは

君と踊る時だけ It Only Happens When I Dance with You

この歌は歌う人を変えて何回も出てくる。

まず最初、映画が始まったばかり。
アステアは映画の始まる最初は前パートナー、アン・ミラーにご執心。 歌いかけるけど、「あなたの添え物じゃなく、一人のダンサーとしてやってみたい」と態度はつれない。

ラスト近く。もう1回。このダンスが、超絶最高です。

フレッド・アステアが燕尾服を着て、女性ダンサーがロングドレスを着てコンビで踊る、1940年代のハリウッドミュージカルのベストパフォーマンスだと思っている。

アステアのダンスパートナーは1930年代はジンジャー・ロジャースで決まり。コンビ解散後はいろんな人と踊ってるんですが。アン・ミラーはいまどきの言葉で言うと女子力オーラがきらびやかでダンスも女っぽくて人目を引くタイプ。かつ女タップダンサーとして脅威的な存在。アステアの持ち味のエレガンスを華やかに盛り上げ、花を添えられる存在として、ベストカップル! のはずなのに、2人の踊るシーンはこの映画のこのシーンの2分たらずしかない。短めですが、絶対に見逃しちゃ、損!です。

 

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ジュディー・ガーランドも、アン・ミラーも、ミュージカル映画の大スター。ただし、キャラクターが、パーソナリティが、芸風が異なります。2人のソロナンバーもちょっとだけ。

 

ジュディ・ガーランド

ミシガンに帰りたい IWant To Go Back To Michigan

ガーランドはもともとは歌が看板。映画「オズの魔法使い」の「虹の彼方に」のドロシーですから。ふるさとのミシガンに戻りたい。を酒場の制服、ピンクのミニスカートのメイド姿で歌う。

傘持つ男 A Fella with an Umbrella

正確にはアステア以外の男性とデュエットなのですが。 (ピーター・ローフォード(Peter Lawford 1923-1984))

雨ふりの日に相合い傘で傘に入れてくれた男性にナンパされて!?まきたいけど濡れちゃうし…。気のあるふりをして、すわ、脈あり!? と連絡先をメモする男性の隙を見計らってさっさと逃げる表情と、やっぱりダメかぁ~、とがっかりするローフォードの表情、どっちもいいですよ。

スイートでロマンチックで、公開当時、映画のハイライトナンバーとして大ヒットした。

 

次には幸運を Better Luck Next Time

失恋ソングです。アステアとアン・ミラーが踊る姿を見て、やっぱり、ダメなんだ。と酒場のカウンターで歌う。

 

ミスター・モノトニー Mr. Monotony

ハンナ(イースター・パレードでのジュディの役名)のキャラクターに合わないとの理由で、映画公開時にカットされてしまった。隠れた名曲、惜しい!との声多し。You Tube に出てます。

 

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アン・ミラー*1

憂さを払って Shakin' the Blues Away

歌の初出は1927年。アン・ミラーがジークフェールド・フォーリーズのスターとしてダイナミックでスリル満点の素晴らしいダンスを展開。アン・ミラーは毎分500回という驚異のタップを踏める。それに加えて女らしくセクシーなフィーリングを全身から発散させる。圧倒的な迫力。

 

雑誌の表紙の女の子The Girl on the Magazine Cover

レストランでの豪華パフォーマンス。「VOGUE」や「Harper's BAZAAR」の表紙を飾るコスプレ!? 美女が、カバーガールが勢ぞろい! 次々と現れ、ポーズを決める!たっぷり目の保養をさせていただき、シメはアン・ミラーがコーラスボーイを従えて歌い踊る目も覚めるような、美しく華やいだナンバー。

 

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…つまり、全部が全部! 最高! の映画なんです!!(力説!)

 

 

フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースはゴールデン・カップル

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「イースター・パレード」も、この後で語らせていただく「バンド・ワゴン」も最高!である。認める。

しかし、フレッド・アステアの、ダンサーとしての絶頂期は20代・30代のときの踊りであることも事実である。

アステアの最高の相手役はジンジャー・ロジャース(Ginger Rogers 1911-1995)。2人はアメリカの戦前のミュージカル映画の代表者。ジンジャーは踊りはそんなにうまくない。後のパートナーに、もっとうまい人はいくらでもいた。ただ、しなやかで軽快。ジンジャー・ロジャースはパートナーとしてのアステアを引き立て、アステアのエレガンスにピッタリはまった。誰よりも。

後のパートナーはこの点、 ジンジャー・ロジャースにかなわなかった。アステア=ロジャースはアメリカ映画、いえ、アメリカの歴史に残る名コンビです。

もっとも、仲はあまり良くなかったらしい(笑)当然といえば当然かも。完璧主義者のプロフェショナルが2人、真剣にぶつかりあえば火花は散って当然だし、仲が良い方がかえっておかしい。

アステアとロジャースが共演したミュージカル映画は1933年から39年までの間に9本のRKO映画、それから10年目の1949年にMGMで1本作られ、計10本。

中でもアステア30代、ロジャース20代に作られたRKO時代の作品が圧巻の出来で、アービング・バーリン、ジェローム・カーン(Jerome Kern 1885-1945)、ジョージ・ガーシュイン(George Gershwin 1898-1937)、コール・ポーター(Cole Porter 1891-1964)と、アメリカ音楽の超一流・第一人者の歌曲とともに今なお燦然と輝きを放ち続けている。

共演した10本の映画。主要4作はストーリー付きで。

 

空中レヴュー時代 (Flying Down to Rio 1933)

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初コンビ作。映画のなかでは脇役だったが、終盤、ふたりが踊る「カリオカ The Carioca」が映画の評判をさらう。

 

コンチネンタル (The Gay Divorcee 1934)

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コンビによる主演第一作。姉アデール(Adele Astaire 1896-1981)と共演したミュージカル「陽気な離婚」(The Gay Divorce)を映画化したもので、二人の人気を不動のものにした。

原題の「Divorce」が「Divorcee」に変わっているのは「離婚は陽気なものであるとは不謹慎である」というハリウッド映倫の差金に答えた苦肉の策。

 

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「コンチネンタル」(The Continental)は1934年度のアカデミー主題歌賞曲。

ビッグ・ヒットはコール・ポーターの「夜も昼も」(Night and Day) 。

ストーリー

有名なダンシング・スター、ガイ・ホールデン(アステア)親友の弁護士エグバードと連れ立ってヨーロッパの休暇旅行を楽しもうとパリを訪れ、とあるナイトクラブでほろ酔い気分。ふとエグバードは財布を持たずに来たことに気づき、連れのガイが世界的に有名なダンサーと言って払いは翌日すると支配人に頼むが信用しないので、ガイはやむなく踊らされ本物であることを証明するハメに。(「うるさくしないで」(Don't Let it Bother You) )

二人はイギリスに渡り、プライドバーンの海浜ホテルに落ち着き、海に出、美しい女性ミミ(ロジャース)に一目ぼれしてしまう。ミミは地質学者の夫との離婚を成立させるために同じホテルに滞在、彼女の頼んだ弁護士が雇った仮の愛人トネッティとデートすることになっている。彼女が依頼した弁護士がエグバート。もちろんガイはそんな事情は知らない。その夜エグバートはホテル客の若い女性(グレイブル)と陽気に踊ったりしている。(「レッツ・ノック・ニーズ」(Let's Knock Knees) )

 

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その頃ガイはホテルのボールルームでミミに再会、ガイの歌「夜も昼も」(Night and Day)がきっかけとなってお互いに憎からぬ気持ちを抱くようになり、踊りながらささやいた言葉は、たまたまミミが聞かされていた仮の愛人のサインの合言葉。ミミはガイがトネッティだと勘違いをして夜遅く彼女の部屋で待っていると答える。

夜更けてミミの部屋を訪れたガイ。やがて本物のトネッティが乗り込んできたために事はややこしくなる。

 

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ボールルームからは楽しい「コンチネンタル」のメロディーが流れてきて、ガイとミミは何とかトネッティをまいて 踊りに行こうと、雑誌の表紙に出ていた踊るカップルを切り抜いて蓄音機のターン・テーブルに仕掛けて二人が部屋で踊っているように見せかけて抜け出しボールルームで踊る。

 

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翌朝、ミミの伯母がホテルに到着。計画されたミミの浮気のお芝居はさらに大混乱となるものの、ミミの夫が別の女性と結婚していた事がばれて一挙に解決。ガイとミミはめでたく結ばれ、「コンチネンタル」(The Continental)は最後にミミやトネッティ、その恋人リリアンらによって歌われ、さらにガイとミミの歌とタップで賑やかに幕を閉じる。

 

ロバータ(Roberta 1935)

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歌曲:ジェローム・カーン。

ビッグ・ヒットはラストシーン「煙が目にしみる」(Smoke Gets In Your Eyes)

アステアが後に「もっとも気に入ったダンス」のひとつに挙げている。

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トップ・ハット  (Top Hat 1935)

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歌曲:アーヴィング・バーリン

アステア=ロジャースの名声を不朽のものにした映画。

このチームの最高傑作とする人も多く、1930年代のハリウッド・ミュージカルの代表的な作品。アステアとロジャースのダンス・ナンバーのアイディア・振付、洗練された踊りは映画史に残る。脇役もアステア・ロジャース映画の一座とも言える腕達者なコメディアン揃い。

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ビック・ヒットは

「頬寄せて」(Cheek To Cheek)

また

「トップ・ハット・ホワイト・タイ・アンド・テール」(Top Hat, White Tie and Tails)で山高帽・燕尾服・ホワイトタイ・ステッキというアステアのイメージは不動のものになる。

 

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ストーリー:

ブロードウェイのダンシング・スター、ジェリー・トラヴァース(アステア)はイギリス公演のためプロデューサーのホレス・ハードウィック夫妻とともにロンドンに到着。ホテルに落ち着いたところハードウィック夫人マッジは独り者のジェリーにそろそろ結婚をしてはとすすめるが、ジェリーは結婚なんてごめん。自由でいたいと歌い出し得意のタップを踏む。(「ノーストリングス」(No Strings))

 

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ところがジェリーの部屋の真下の部屋に泊まって寝ていたデイル嬢(ロジャース)は激しいタップの音に起され、抗議に現れる。平謝りに謝ったジェリーは歌の文句と裏腹に美しいデイルの魅力に惹かれてしまう。 部屋に帰って再びベッドに飛び込んだデイルの耳に今度はソフト・シュー・タップが子守歌のように聞こえ、彼女はいい気分でzzzZZZ…。

 

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デイルは名前も知らないジェリーがどこにでもあとをつけてくることを知って、憤慨がおさまらない。しかしたまたま乗馬で郊外に出た時、にわか雨におそわれ、雨宿りをしているところにジェリーが現れ、「雨に閉じ込められているなんて素敵な日ですね」と歌いかけ、デイルもつり込まれて歌い、一緒に踊ってしまう(「素敵な雨の日」(In "Isn't This a Lovely Day (to be Caught in the Rain )

 

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ホテルに帰ったデイルの部屋には彼女の衣装デザイナー、アルベルトが待っていて、彼女がどこに行っていたかを詰問するので、デイルはそんなことを聞く権利はないと怒る。ジェリーのプロデューサー、ハードウィック夫人マッジとデイルは以前からの友達。夫とジェリーたちが休暇を兼ねてベネチアのリド・ホテルでショーを行うために間もなく出発することになっているから、リドで落ち合わないかとデイルを誘う。

 

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デイルはマッジの旦那さんとはまだ面識がなかったために、同じスイート・ルームに泊まっているジェリーをてっきりマッジの旦那さんと勘違いしたためにジェリーとの仲が急におかしくなり、かねて彼女に求愛しているアルベルトを誘ってヴェネチアに飛ぶ。

 

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そうした経緯を知らないジェリーもハードウィックと共にひと足遅れてヴェネチアに着き、ショーに出演。(「シルクハットに燕尾服」(Top Hat, White Tie and Tails) )ジェリーはリドで思いがけなくデイルと再会。デイルもロマンティックなムードでジェリーと踊るうちにジェリーを好きになる。(「頬を寄せて」(Cheek to Cheek)

 

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デイルとジェリーを縁結びしたいマッジ、マッジの行動を不審に思い、召使に後をつけさせていた夫のハードウィック、デイルが結婚を承知したものと思い込んでいるアルベルト、それぞれの思惑、行き違いが混乱を招き、ジェリーとデイルのロマンスは波乱ぶくみ。

 

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そのうちにジェリーとデイルの乗ったゴンドラが沖に漂流して一時行方不明になる騒ぎがおこるものの無事ホテルにたどり着く。二人を取り巻く人々の誤解もとけ、アルベルトもデイルを諦め、カーニバルの夜のリドで、ジェリーとデイルは「ザ・ピッコリーノ」(The Piccolino)の踊りに仲間入りして、皆の祝福を受ける。

 

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艦隊を追って  (Follow the Fleet 1936)

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歌曲:アーヴィング・バーリン

ビッグ・ヒットは

「レッツ・フェイス・ザ・ミュージック・アンド・ダンス」(Let's Face the Music and Dance)

 

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有頂天時代  (Swing Time 1936)

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歌曲:ジェローム・カーン

ビッグ・ヒットは

「今宵の君は」(The Way You Look Tonight) がアカデミー主題歌賞。

 

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ほかには

「素敵なロマンス」(A Fine Romance)

「元気を出して」(Pick Yourself Up)

「ハレムのボージャングルス」(Bojangles of Harlem)ではアステアがビル・ボージャングル・ロビンソンに扮して映画人生でただ一度の黒塗り姿を見せている。

「ネヴァー・ゴナ・ダンス」(Never Gonna Dance) 伝説の48テイク。アステアの完璧主義を語る上でよく引き合いに出される。

 

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ストーリー:

ボードヴィル・ダンサーのラッキー(アステア)は社交界の花形令嬢マーガレットとめでたく結婚の運びとなるが、グループ仲間たちは彼が引退すればグループは解散・失業だと結婚式を妨害。怒った許嫁の父親から25,000ドルの貯金ができたら結婚を許すと宣告され、ラッキーは相棒のポップとニューヨークに出る。

 

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たまたま街頭で会った美しい女性をつけていくと彼女はダンス教習所の先生とわかり、弟子入りするが、彼が踊れないふりをしたために彼女ペニー(ロジャース)は匙を投げる。それを見ていた教習所の支配人が彼女の教え方が悪いとクビにしようとするので、ラッキーは慌てて上達ぶりを見せペニーも一緒になって踊って歌う。(「元気を出して」(Pick Yourself Up))すっかり意気投合した二人はダンス・チームを組んでオーディションを受けることにするが、ギャンブル好きのラッキーは賭けで舞台衣装を取られ、ペニーを怒らせてしまう。許しを請うためにペニのアパートに押しかけたラッキーは風呂場で髪を洗っているペニーに向かってピアノを弾きながら求愛の歌「今宵の君は」(The Way You Look Tonight) を歌う。

 

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二人はシルバー・スキャンダルというクラブでのオーディションに合格するが、そこのバンドリーダー、リカルド・ロメロは二人のために演奏することを拒否。(ペニーに恋しているロメロがラッキーに嫉妬して)ところがクラブの経営者が賭けでオーケストラをライバルのクラブに奪られてしまい、ラッキーはそのクラブに乗り込み一か八かの賭けをやってオーケストラを取り返す。ロメロは嫌でもラッキーたちのために演奏しなければならない。ロメロの楽団の演奏するワルツ・リズムの「有頂天時代のワルツ」(The Waltz in Swing Time)を踊った二人は大好評を博し、ギャラも大幅アップ。

 

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ある日ペニーたちと一緒に冬の郊外に出たラッキーはペニーを本当に愛するようになり、冬景色の中でその心情を「素敵なロマンス」(A Fine Romance)に託して歌いペニーも受けてデュエットする。しかし婚約者のことを知ったペニーはロメロの愛を受けようとチームを離れて行ってしまう。一人になったラッキーは舞台で「ハレムのボージャングルス」(Bojangles of Harlem)を歌い踊る。

 

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そこに許嫁のマーガレットが現るが、言い争いとなりマーガレットは去っていく。ペニーを探し回ってラッキーは人気のないボールルームで彼女を見つけ 「ネバー・ゴナ・ダンス」(Never Gonna Dance)を歌うがロメロとの結婚の決意は変わらない。 いよいよ結婚式の当日、 今度はロメロがかつてラッキーが仲間にハメられた同じ手口で式に現れることができず、ラッキーとペニーにはめでたく結ばれる。ロメロもペニーを諦め、仲間たちと共に二人を祝福し、みんなで「素敵なロマンス」を合唱。ペニーは「今宵の君は」の一節で仲間に加わる。

 

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踊らん哉  (Shall We Dance 1937)

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歌曲:ジョージ・ガーシュウィン・アイラ・ガーシュウィン兄弟

「誰にも奪えぬこの想い」(They Can't Take That Away from Me)

「ゼイ・オール・ラフド」(They All Laughed)

いずれもスタンダード曲化されて、エラ・フィッツジェラルドが歌ったり、モダン・ジャズのグループなどが好んで演奏している。

ほかには

「レッツ・コール・ザ・ホール・シング・オフ」(Let's Call the Whole Thing Off)

セントラル・パークのスケート・リンクで滑りながら歌って踊るローラー・スケートによるダンスナンバーを披露。このために二人はのべ32時間にわたってリハーサルを重ねた。

 

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ストーリー:

ロシア風の芸名、ペトロフを名乗っているピーター・J・ピーターズ(アステア)は本当はアメリカ人で、バレリーノとしてパリに来ている。マネージャーのベアードがニューヨークのメトロポリタン劇場にデビューする契約ができたいう吉報を持ってやってきたもののペトロフはあまり喜ばない。彼の密かな野心はタップ・ダンサーとして成功することだった。

ペトロフはパリでアメリカから来ているレビュー団の踊り子リンダ(ロジャース)と会い好意を抱くものの、彼女はアメリカに彼女との結婚を約束している恋人のジム(ウィリアム・ブリスベーン)がいる。ペトロフはマネージャーのベアードとアメリカに帰る船の中で船のエンジン・ルームから聞こえる機械のリズムに惹かれてタップを踊り、マネージャーを驚かせる。(「バスを叩いて」(Slap That Bass)

 

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その船には偶然リンダも同船していることがわかり、ペトロフは愛犬を散歩させるために甲板に出たリンダに愛をささやく。(「ビギナーズ・ラック」((I've Got) Beginner's Luck)

しかしパリからの、ペトロフが密かに結婚したというニュースが船客の間に伝わり、リンダは怒ってしまう。もちろんそれマネージャーがペトロフとバレエの相手役を引き離すために作ったゴシップだったのだが、ペトロフの弁解はリンダに通じない。怒ったリンダはアメリカから郵便物を運んできた飛行機に便乗して一足先にアメリカに帰ってしまう。

二人の間の誤解はペトロフがアメリカに着いてからも、リンダの許嫁の思惑や、リンダの引退を恐れるマネージャーの工策でなかなか解けず、トラブルは延々と尾を引きくものの、ペトロフがリンダを心から愛していることを知ったリンダは、舞台でリンダそっくりのマスクをつけたコーラスガールと踊るペトロフの中に飛び込む。踊るペトロフは踊り子の中に本物のリンダを発見して 夢見心地で踊り、二人は相互して歌い、タップを踏む。(「踊らん哉」(Shall We Dance)

 

気儘時代 (Carefree 1938)

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歌曲:アーヴィング・バーリン

名ナンバーは

「チェンジ・パートナーズ」(Change Partners)

アステアとロジャースがはじめて映画のなかでキスした作品。

 

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カッスル夫妻 (The Story of Vernon and Irene Castle 1939)

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RKOでの最後のコンビ作。

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ブロードウェイのバークレー夫妻  (The Barkleys of Broadway 1949)

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2人が10年ぶりに再会、コンビ復活! が話題となった。

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ジンジャー・ロジャースについて

1911年ミズーリ州インディペンデンスの生まれ。アステアの12歳年下。

少女時代にチャールストン・ダンスのコンテストで優勝したのがきっかけで、ヴォードヴィル一座に加わり芸能界入り。

両親は早く離婚、母親はハリウッドでスクリプト・ガールをした後、リポーターから劇評家になった賢い女性で、娘ジンジャーの素質・才能を早くから認め、ステージ・ママとしても知られた。ボードヴィルの舞台からシカゴに出てポール・アッシュ楽団のバンド・シンガーを努めた後、 ミュージカルの舞台を目指してニューヨークに出たのが1929年。ミュージカル・コメディ「High Speed」に小さな役で出演。

ついでガーシュインの新作ミュージカル「Girl Crazy」(1930)で準主役を獲得。その後、パラマウントから映画入りをすすめられ、イキのいい都会娘で、「恋愛四重奏」(Young Man of Manhattan 1930)、そして ワーナーの「42番街」(42nd Street 1933)と「ゴールドディガーズ1933年版」(The Gold Digger of 1933 1933) での歌と踊りで認められ、アステアとコンビを組む。

アステア=ロジャース映画は頂点を極め、のちもダンス映画専門に活躍したアステアに対して、ジンジャーはストレートなドラマ映画やコメディにも数多く出演。どの役もどの役も可愛い女で、悪女役なんか一つもない。熱心で、真面目で、誠実であたたかみのある美貌。男をだましたり手玉にとるような役がひとつもない。究極のアメリカン・ビューティ。アメリカ女性の誇り、アメリカ女性のシンボルとして「深夜の星」(Star of Midnight 1935)、「ステージ・ドア」(Stage Door 1937)、「ラッキー・パートナー」(Lucky Partner 1940)を経て「恋愛手帖」(Kitty Foyle 1940)ではアカデミー主演女優賞を獲得。

その後も「恋の10日間」(I'll Be Seeing You 1944)をはじめとして1960年代までスクリーンに活躍。

1965年にはブロードウェイ・ヒット・ミュージカル「ハロー・ドーリー!」主演のスター、キャロル・チャニングに代わって主役を受け継ぎ、35年ぶりにブロードウェイに返り咲く。テレビ・ショーにも度々出演。アステアに負けじ劣らず、歌・踊り・演技でほとんど半世紀にわたって活躍した。1995年、心筋梗塞により83才で死去。

 

 

バンド・ワゴン The Band Wagon 1953

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フレッド・アステア主演の戦後のハリウッドのMGMミュージカル映画の傑作・古典の1つであり、映画として面白い、肩がこらないストーリー運び、佳曲・名曲ぞろい、映画の歴史に残る名シーンがかずかずある。と映画好きなら基礎知識として見ておきたい1作。

 

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歴史に残る名ダンス3つ。

ダンシング・イン・ザ・ダーク Dancing in the Dark

映画の中盤あたり。この映画のお話は、ミュージカルの舞台で共演し、出会った2人。このテの映画のストーリーとして、はじめは反目しあう。そして次第に自分の気持ちに気づき、一緒に踊り、2人は接近。

夜のセントラル・パーク。白い脚の見えるドレスを着たシド・チャリシーと薄いグレーのジャケット・白のズボンのアステアが踊る。

アステアは本来はタップダンサー。チャリシーはバレリーナ出身。「バンド・ワゴン」の振付は、のちの大家、撮影当時は映画が2本めの、スピーディでクールな踊りでこれまた一世を風靡するマイケル・キッド。(結果として時代がかわり、ミュージカル映画の製作本数が減り、「バンド・ワゴン」はマイケル・キッドの生涯の代表作となった。)夜のしじまに浮かび上がる、絶頂期がいつまでも終わらないアステアの身のこなし、パッと見、見かけはダイナミックで派手なんだけど、じつは堅実でしかも十分すぎるほど女らしい、のチャリシーの2人のダンスは、1950年代のミュージカルを代表する名シーン。

 

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ガール・ハント・バレエ Girl Hunt Ballet

公開当時、ミッキー・スピレインのハードボイルド小説が次々とベストセラーを飛ばし、大人気だった。

で、映画「バンド・ワゴン」のクライマックス・シーン、長尺のストーリー性のあるダンスのテーマはズバリ「ハードボイルド仕立て・霧の街角・地下鉄の駅・私立探偵・銃・暗黒街・運命の美女・鋭角的なモダニズム」となった。

アステアは私立探偵。シド・チャリシーはファム・ファタール、ブロンドの美女とブルネットの美女の2役を演じ、かつ踊る。要所要所に2人の踊りがある。

中でも圧巻で、サイコーなのは、ラスト近く、酒場でブルネットのチャリシーが真っ赤なドレスを着てアステアを誘惑する魅惑のダンス!シド・チャリシーは脚が長く、また脚線美で有名。女性ダンサーを常に引き立てるアステアが、長くて美しいチャリシーの脚の足首を持ち、魅せるシーンは、カバージャケットなどにもたびたび選ばれている。

 

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ザッツ・エンタテインメント That's Entertainment!

中盤で1回。そして最後に映画のフィナーレを飾る曲。

映画のラスト、舞台で出演俳優がカーテンコールに応えるかのように主要キャストが並び、「世界はステージ。ステージはエンターテイメントの世界。お別れは悲しいけれど…」と合わせて歌い、スクリーンにはエンドロールが流れるのです。

ショー・ビジネスのテーマ曲・看板曲・代表曲。

 

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ほかにアステアのソロだと

バイ・マイセルフ By Myself

映画の冒頭。落ち目のスター。が役の設定。久しぶりニューヨークに帰ってきた。プラットフォームに詰めかけた報道陣を見て自分もまだ捨てたものではないと思っていたら、お目当てはエヴァ・ガードナー(本人の特別出演)でがっくり、とコテンコテン。でも、我が道を行くんだから、と歌って気を取り直す曲。

 

シャイン・オン・ユア・シューズ Shine on Your Shoes

景気づけに靴をピカピカにしよう、と駅の靴磨きを相手に歌い踊るナンバー。

アイ・ラヴ・ルイーザ I Love Louisa

出た舞台は大コケ。意気消沈する若い俳優の打ち上げの場に現れ、歌い・踊って場を盛り上げる。

今度の舞台は楽しさが足りなかった。やり方を変えて、もう1度。挑戦しよう!失意の一座を励ましながらの熱唱。

 

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プランを変えよう I Guess I'll Have to Change My Plan

男2人でのナンバー。トレード・マークのトップハットに燕尾服、ホワイト・タイにステッキで組んで歌う。大人の男のエレガンス。

 

三つ子の歌 Triplets

赤ちゃんに扮して歌う。楽しい!

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ニュー・サン・イン・ザ・スカイ New Sun in the Sky

シド・チャリシーのソロ。

太陽のような黄色のドレスを着て情熱的に歌い踊る(ただし歌は吹き替え)。シド・チャリシーは、フレッド・アステアやジーン・ケリーと並ぶと、大きく見えるんですよね。ソロでの踊りだと、その大きさがそのままダンスのスケールの大きさになるのです。ミュージカル映画でファム・ファタールをやらせたら、第一人者は、シド・チャリシーでしょう。

なお、アステアとはもう1本、共演作がある。「絹の靴下(Silk Stockings 1957)」。おすすめソロナンバーは、「赤のブルース(The Red Blues)」。

 

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もう一つ、

ルイジアナ・ヘイライド Louisiana Hayride

落ち目のスター、アステアを舞台に誘った友人兼女優を演じたナネット・ファブレイ(Nanette Fabray 1920-2018)のソロ。

干し草の荷車をバックに、花の名前を次々呼ぶと「いるわよ!」と返事。

さあ、みんな乗った? みんなでルイジアナの家に帰ろう!

もどうかお見逃しなく。

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ほか出演作、豪華共演女優、有名なナンバー、

フレッド・アステアの映画は、ほぼミュージカル映画、ライト・コメディ。

 

ダンシング・レディ Dancing Lady 1933

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相手役:ジョーン・クロフォード(Joan Crawford 1904-1977)

舞台で押しも押されぬ名声を手に入れたアステアの満を持しての映画デビュー作。

ジョーン・クロフォードは1930年代から60年代まで、オフィス・ガールから血も凍るような熟女まで、コンスタントに活躍をつづけた偉大なスターです。

特別出演枠で本人としてクロフォードと歌い踊る曲は

ハイ・ホー・ザ・ギャングス・オール・ヒア Heigh Ho the Gang's All Here

 

踊る騎士 A Damsel in Distress 1937

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相手役:ジョーン・フォンテイン(Joan Fontaine 1917-2013)

ヒッチコックの「レベッカ」(Rebecca 1940)「断崖」(Suspicion 1941)のフォンテインはキャリアの初期、フレッド・アステアと共演している。

フォンテインはダンサーではないし、映画の評判もいまイチ、いまニ、いま三…。

しかしガーシュイン兄弟作詞作曲、アステアが歌い踊った名曲

霧の日 A Foggy Day

はスタンダードとして後世に残った。

 

踊るニュウ・ヨーク Broadway Melody of 1940 1940

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相手役:エレノア・パウエル (Eleanor Powell 1912-1982)

エレノア・パウエルは1940年代、一世を風靡した別名「タップの女王」。

必見ナンバーはコール・ポーターの「ビギン・ザ・ビギン Begin the Beguine」。

 

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セカンドコーラス Second Chorus 1940

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相手役:ポーレット・ゴダード(Paulette Goddard 1910-1990)

チャップリンの奥さん、映画「独裁者」(The Great Dictator 1940)のポーレット・ゴダードとも共演している。 セクシーなんですよ~。「独裁者」では可憐で愛くるしさが先にくるんですけどね。

 

踊る結婚式 You'll Never Get Rich 1941
晴れて今宵は You Were Never Lovelier 1942

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相手役:リタ・ヘイワース(Rita Hayworth 1918-1987)

 

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リタ・ヘイワースは1940年代、マリリン・モンローの前に「セックス・シンボル」と呼ばれた女優さんで、広島に原爆を投下した「エノラ・ゲイ」にはリタ・ヘイワースのポスターが貼ってあったという伝説的な存在。

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アステアのパートナーとしては、トータルの女子度!?ではぶっちぎり、○○馬身引き離して圧倒的にトップ。

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そのうえ、もともとはダンサー出身。ダンスは折り紙つきっていうんですから^^

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セックスシンボルなんて名がつくと、観客としてはちょっと引いてしまうトコ、あるんですが、アステアとの映画でのリタは明るくて優しくて可愛くて、好感度もぶっちぎり・○○馬身です。

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おすすめナンバーは

「晴れて今宵は」の

ショーティ・ジョージ Shorty George 。

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青空に踊る The Sky's the Limit 1943

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相手役:ジョアン・レスリー(ジョーン・レスリーとも)(Joan Leslie 1925- )

第二次世界大戦もので、ダンスも歌も見せ場は少ない。

がリストにはのせておかないと。

ジョアン・レスリーは1940~50年代のグッド・ガールがはまり役。

「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」(Yankee Doodle Dandy 1942)

や「ヨーク軍曹」(Sergeant York 1941) が代表作。

 

ブルー・スカイズ Blue Skies 1946

アービング・バーリンの名曲

踊るリッツの夜 Puttin' On the Ritz

が有名。

初出は1930年ですが、

トップ・ハット・アンド・ホワイト・タイのイメージとあいまって、

フレッド・アステアのためのスタンダード曲、との印象を受けてしまう。

 

ジーグフェルド・フォリーズ Ziegfeld Follies 1946

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ミュージカルのオムニバス映画。

ミュージカル映画の特大二枚看板、フレッド・アステアと「雨に唄えば」(Singin' in the Rain 1952)のジーン・ケリー(Gene Kelly 1912-1996)との共演!

The Babbitt And The Bromide

きわめつけ!これしかないでしょう!

 

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土曜は貴方に Three Little Words 1950
ベル・オブ・ニューヨーク The Belle of New York 1952

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相手役:ヴェラ=エレン(Vera-Ellen 1921–1981)

ヴェラ=エレンは1940~50年代に活躍した清純派のダンサー・女優さん。

代表作はアステアとの共演作のほかは「踊る大紐育」(On the Town 1949)など。

 

恋愛準決勝戦 Royal Wedding 1951

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相手役:ジェーン・パウエル(Jane Powell 1929- )

ジェーン・パウエルは小柄で可愛いブロンドの女の子で、歌声はクラシック仕込み、びりびりと響きわたるソプラノが最大の武器。

代表作はアステアとの共演作のほかは「掠奪された七人の花嫁」(Seven Brides for Seven Brothers 1954)など。

部屋の壁を360度回転して踊るダンスナンバー、

ユー・アー・オール・ザ・ワールド・トゥ・ミー You're All the World to Me

が有名。

 

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足ながおじさん Daddy Long Legs 1955

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相手役:レスリー・キャロン(Leslie Caron 1931- )

レスリー・キャロンはコンセルヴァトワール出身。フランス人。バレリーナ出身。

代表作は「足ながおじさん」のほかに、MGMミュージカルの金字塔「巴里のアメリカ人」(An American In Paris 1951)。

 

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パリの恋人 Funny Face 1957

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相手役:オードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn 1929-1993)

オードリーは説明無用、抜群に日本人に愛される、妖精のようなたたずまいと気品。

アステアの役柄はファッションカメラマン。本屋さんの店員だったオードリーを華麗に変身させるのです。

 

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フィニアンの虹 Finian's Rainbow 1968

スクリーンでの最後のダンス。68才のアステアは、なおも主役であり、かなりやせて、脚もさらに細くなっていて、でも軽やかなステップさばき。観る者は胸を熱くせずにはいられない。

 

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フレッド・アステアの生涯とキャリア

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20世紀最高のステージダンサーと謳われているフレッド・アステア。1910年代から30年代初頭にかけてのブロードウェイミュージカルの舞台で名声を高め 1933年以来の数々のハリウッドミュージカル映画で世界を魅了し続けた。

フレッド・アステアは1899年5月10日、ネブラスカ州オマハ市生まれ。

父はビール醸造業者でオーストリア人、本名はフレデリク・オスターリッツ(Frederick Austerlitz)。

 

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5歳の時に姉のアデールとダンス学校で踊りだしたのが病みつき、好きこそものの上手なれで、姉と共に少年時代にボードビル一座に加わって巡業した後、1916年ブロードウェイのショーに初出演。翌17年にブロードウェイのショウ。「Over the Top」に出演、以来姉のアデールとコンビを組み、1920年代にガーシュインが作曲したミュージカル「Lady be Good」(1924)、「Funny Face」(1927)、「陽気な離婚」(1932)はブロードウェイ上演後、ロンドンでも上演され、この3作品に先立ってロンドンでイギリスのミュージカル「浮気はやめて」(1923)に出演。大成功を収めている。

 

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姉アデールとのチームは、1932年、アデールがイギリスの貴族チャールズ・カベンディッシュと結婚して引退したためにブロードウェイ最後の作品「陽気な離婚」(1932)はフレッド・アステア一人の出演となった。

 

ハリウッドに招かれ、 初出演のMGM映画「ダンシングレディ」(1932)はジョーン・クロフォードとクラーク・ゲーブルの共演映画で、アステアはクロフォードのダンスの相手役、アステア自身としての特別出演。

続いてRKO「空中レヴュー時代」(1933)では、脇役ながらフィナーレを飾る呼び物のダンスナンバー「カリオカ」を8分余にわたって踊り、パートナー役のジンジャー・ロジャースと並んで映画をさらう。

 

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この映画の出演はビック・チャンスの糸口となり、RKOとは改めて二人をスターとして契約。以来1939年までにアステア・ロジャースのコンビの主演映画は8本作られ、主演映画はRKO社最大の興行成績をあげ、二人はハリウッドのスーパースターの地位についた。

 

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1939年、フリーとなり、パラマウント、コロムビア、MGMと3社の作品に出演し、引退を声明し、ダンス学校を設立。時に47才。ダンサーとしては一応限界に近い年齢とも考えられますが、ファンも映画会社も彼の引退を許さない。

 

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2年近く映画を離れていたアステアに出演依頼が来る。

ジーン・ケリーとジュディ・ガーランドの共演で撮影が始まった 「イースター・パレード」(Easter Parade 1948)に怪我をして撮影を継続できなかったケリーに代わってぜひぜひ、と三顧の礼をもって迎えられた。

「私に出来ると思うかい?」と尋ねたアステアに

ケリーは「あなた以外に出来る人はいないでしょう。」と答えたという。

 

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結果は大好評・メガヒット。同じ顔合わせで「ブロードウェイのバークレー夫妻」(Barkleys of Broadway 1949)の撮影が始まったものの、今度はジュディが急病で倒れ、その役がかつての名パートナー、ジンジャー・ロジャースにまわり、名コンビは10年ぶりに復活。

1949年、多年にわたるミュージカル映画への貢献に対してアカデミー特別賞を贈られるものの、映画会社からは次々とオファーが舞い込み、引退どころではない。

 

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それからの4年間に5本の主演映画を撮り、依然として最高のダンシング・スターとしての実力を見せつけた。「バンド・ワゴン」はアステアの出演作の最高峰ということになっている。

ここで再び引退を決意したものの、断り切れず!?「足ながおじさん」(1955 20世紀フォックス)、「パリの恋人」(1956 パラマウント)、「絹の靴下」(Silk Stockings 1957 MGM)に出演。

 

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さすがに激しいステップさばきはテレビにもスクリーンにも見られなくなったものの、「渚にて」(1959)以後、ドラマティックな役での出演映画が7本と数本のテレビのための劇映画がある。また4つのテレビ番組を制作、他出演多数。

 

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また軽妙で粋でワン・アンド・オンリーの魅力を持つ歌の分野でもレコーディングは1923年の初吹き込みからおびただしい数にのぼっている。

活躍は合計76年間に及び、しかもトップ・スターとして舞台、映画、テレビ、歌に出演したアステアの業績は芸能界にも例がない。空前絶後。

 

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ジーン・ケリー「映画でのダンスの歴史はアステアで始まる」「記憶されるただ1人のダンサーである」

ジョージ・バランシン「最も興味深い、もっとも創造的な、最もエレガントな時代のダンサー」

ミハイル・バリシニコフ「天才...私の人生では見たことのない古典的なダンサー」とアステアとバッハと比較した。

 

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アステアの踊りはルドルフ・ヌレエフ、サミー・デイヴィス・Jr、マイケル・ジャクソン、グレゴリー・ハインズ、ミハイル・バリシニコフ、ジョージ・バランシン、ジェローム・ロビンズなど、そうそうたる顔ぶれに影響を与えた。

カメラは常にダンサーの全身を移し、原則、動かさない。1つのカットを長く撮り、踊りをじっくり見せる。

 

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アステアの前の天才振付師であり、映画監督でもあったバズビー・バークレーは、華麗な大俯瞰で知られた。素敵ですが人間多すぎて踊りがよく見えない。
そして現実離れしたシークエンスで観客に夢を与えてきた。
アステアは、ダンスを光景としてとらえるのではなく、歌とダンスを使ってストーリーを動かすべきだと主張した。

 

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常に新しい振付、アイディアを案出し、そのアイディアを舞踏芸術にまで高めてきたアステア。その踊りの持つ前進性、気品、ソフィスティケーション、俳優としてのコメディー・センス、それはまさに完成され、洗練された名人芸。

 

 

フレッド・アステアの人となりと私生活

 

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失礼ながら、アステアは恵まれた容姿でスターの座にのしあがったのではない。

ハリウッドのスクリーンテストでは何回か落ちている。

最初のスクリーンテストの

評価は「演技はダメ。歌もダメ。少し禿げている。ダンスをちょっと。」

RKO入社後、MGMに貸し出された時の評価は「耳が大きい。アゴのラインがちょっと。しかし非常に魅力的だ。」

 

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見た目から、シリアスなドラマにははじめから向かない宿命を背負っていた。キャリアの最後のほうでは「いぶし銀のような」と称賛されながら。いくつかの映画に脇役として出演しているのですが・名を残すダンサーって、みんな同じなのかなあ。お尻が大きいんですよね。脚の長さもふつう。それでも、生涯最後の踊りを見せた映画、「フィニアンの虹」でのアステアは、お尻もすっかり小さくなっていていましたが…。さらに第二の全盛期が年齢が40~50代だったこともあり、私たちの目には、徹底して「おじさん」に映る。つまり踊りが、歌が、演技が全てだった。

 

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完璧主義は伝説的。徹底的にリハーサルを繰り返す。晩年に至っても1回のダンス・シーンに7週間前から準備を始めなければ気が済まなかった。すべての音、音楽や歌やタップに至るまで、録音を済ませてから撮影に臨む。

 

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フレッド・アステアはケーリー・グラント(Cary Grant 1904-1986)とともにハリウッドのベストドレッサーとしても有名。トップ・ハットアンドホワイト・タイはもちろんのこと、一分のすきのないファッションは、後年の男性のファッションの模範・規範になっている。

 

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人柄としては控えめで、シャイ。派手にパーティーで羽目をはずす、なんてことには興味がない。大スターならではの心の余裕のなせるわざか、伝わってくるエピソードは一貫して映画の役柄そのもの、軽妙洒脱、粋でストイック。洗練された紳士で人、ことに女性にやさしい。決して人のことを悪く言わない。

ジュディ・ガーランドなんか、トラブル・メーカーでしたから何言われてもしかたないトコ、あるんですが、アステアの反応は伝わってこない。 ジンジャー・ロジャースと組んだ時、衣装のフェザーがしっかり縫い付けられておらず、激しいダンスで羽が飛んで宙を舞い、撮影にならない。ついに怒って帰ってしまった。

 

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ヴェラ=エレンなどは、組んだ映画の興行成績が芳しくなく、以後の共演はシャットアウトされてしまった。

くらいしかエピソードがない。

 

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結婚は2回。

最初の結婚はボストン生まれの上流階級の令嬢、フィリス・ポッター。ブロードウェイに出演していた時に知り合い、出会った時、フィリスはすでに結婚していて、人妻だった。2人は恋におち、フィリスは離婚。離婚の翌日、2人は結婚。フレッド・アステアは念願かなった新妻と新天地ハリウッドに乗り込むことができた。

 

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夫婦仲は順風満帆で、フィリスの連れ子の男の子(後に軍隊に入り、日本に駐留していた時にアステアはお忍びで日本を訪れている)、後に息子1人、娘1人に恵まれた。

ところが妻フィリスは脳腫瘍とも肺がんとも言われている。結婚生活21年目、わずか46才でこの世を去ってしまう。アステアの悲嘆ぶりはいたいたしく、いったんは辞退した「足ながおじさん」の撮影中、「フレッドはリハーサル中に座って、彼の顔をタオルに入れて泣いていました」と共演のレスリー・キャロンは語っている。

 

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生涯の趣味はゴルフと競馬。馬主であり、愛馬はレースで優勝したこともある。

 

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乗馬が縁で81才で36才の女性騎手、ロビン・スミスと結婚。88才に肺炎で亡くなるまで、添い遂げた。

 

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まとめ

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何よりも、すべてに感謝したい。

 

ダンスの求道者として一生を貫き、珠玉のダンスを残し続けたフレッド・アステアその人に。

そして20世紀という時代に生まれてきてくれたことに。

映像が残っていることに。

ちなみに、映画の著作権期間って、製作から70年。

つまりですよ。アステアの不滅のRKO時代のタップ・ダンスも、MGMのミュージカル映画も、コロムビアも、パラマウントも! 70年たてば、全部、パブリック・ドメイン!

 

正直、古い映画って、慣れない人は見るのも大変。なのに今日・現代のわれわれは家にいながらにして、PCの画面を開けば! スマホの画面をフリックすれば!

You Tube などの動画で20世紀の究極のダンスを、ハイライトのダンスシーンだけ鑑賞できる!

先人たちは、こんな未来がやってくるなんて、夢にも想像できなかったことでありましょう。

私たち、幸せですね。

さ、動画みようっと。

 

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www.hitomi-shock.com

 

*1:当初、アン・ミラーが演じていた役はシド・チャリシーが出演予定だったが、ケガで降板。1937年に「踊る騎士」でのアステアとの共演を逃すという苦い経験をしていたミラーは、彼女の背が高すぎて、アステアのパートナーにはどうか・・・と言われた際、この機会を逃すまいと、「アステアと踊るシーンは、全て、ヒールのないトゥ・シューズを履く」と約束しての出演。
当時、ミラーは、酔っては暴力を振るう夫に階段から突き落とされて、背骨を折った上に流産をするという悲惨な経験をして、その夫と離婚したあとでした。背骨を折った後遺症で、かなりの痛みに苦しんでいたのですが、出演したい一心で、全身をテーピングしながらの出演を敢行し、とても背中を痛めているとは思えないダイナミックなダンスを披露している。

映画版「Easter Parade」のトリビア! - M for Michael Gruber♪- Mは、マイケル・グルーバーのM~♪