明治の浮世絵師ならぬ錦絵師の尾形月耕(1859-1920)の絵が美女すぎる。

 尾形 月耕(1859-1920)。活躍したのは明治~大正にかけて。肩書きとしては日本画家・挿絵画家・浮世絵師ならぬ錦絵師。殊に挿絵の人気が高く、一世を風靡しました。

いわゆる浮世絵の時代の方ですと例えば平安時代を描いたとしても江戸風俗取り混ぜちゃってるし「ザ・浮世絵」の目鼻立ちになってしまうのですが、尾形 月耕は活躍した時代が下がってきますから神話時代を描いても古墳時代を描いても平安時代・鎌倉時代・桃山時代・江戸時代そして明治時代。。。よりリアルなんですよね~。

画像の出典は主に出版された画集から。

  • 「月耕随筆」 1891(明治24)年
  • 「婦人風俗尽」1891(明治24)年
  • 「日本花図絵」1986(明治29)年。

いずれも版を重ねたと見え、引っ張ってきた各々画像に記された年代には微妙なズレはありました。

功成り名遂げた画業ではありますが

日清日露戦争の時代でもありましたから、代表作としては頼まれて描いたのかそうでないのかがわからないいわゆる大日章旗はためく戦争画や武者絵が取り上げられがち。数々の受賞歴を彩る絹本着色の絵の方がおそらく格としては高く、もちろん生で見れば圧倒されるのでしょうが

より惹かれるのは何気に(に見えます)描かれた風俗絵ですね~☆彡

さ、御紹介へ^^

 

月耕随筆より 「衣通姫」

尾形月耕・月耕随筆・衣通姫:plain

衣通姫は古事記・日本書紀に伝わり、あまりの美しさは衣を通し光り輝き、男性を惑わします。実の兄、軽太子も自分を押さえきれなかった。允恭天皇は衣通姫に会いたさにことある毎に猟にかこつけ、姫の住む藤原宮にてはお出ましになられたとされています。つまりファム・ファタール。国を揺るがす傾国の美女。なのですが和製美女はあくまでたおやか♪

 

月耕随筆より 「縫乃工 呉織穴織」

尾形月耕・月耕随筆・縫乃工 呉織穴織:plain

呉織(くれはとり)穴織(あなはとり)(漢織、綾織との説もある)は日本書紀に見える織姫。応神天皇が熱望して日本に連れ帰り、匠の技で織り上げた布はそれはそれは見事で「呉服」(呉からの帰化人が作った服)と呼ばれました。摂津国(今の大阪~兵庫あたり)には姫君由来の史跡がいくつも残っています。お能にも「呉服」という演目があり、織姫は天から降りてきて帝の御代に幸あれと糸を紡ぎ、布を織るのです。

 

月耕随筆より 「小野小町雨乞」

尾形月耕・月耕随筆・小野小町雨乞:plain

御存知、美人の代名詞、小野小町。日照りが続く。雨乞いをくりかえしても、降らない。。もはやこれまで。帝は起死回生!?名高い歌の名手に白羽の矢を立てた。

小野小町が

ことわりや日の本ならば照りもせめさりとてはまたあめが下とは  あるいは

千早ふる神もみまさば立ちさばき天のとがはの樋口あけたまへ

と雨乞いの歌を詠みます。すると途端に!一天にわかにかき曇り、待ちに待った雨が!雨の神様・水の神様は美人に弱いのでしょうか。それとも歌に弱いのでしょうか☆

 

月耕随筆より 「舞静」

尾形月耕・月耕随筆・舞静(静御前):plain

「しずやしず しずのおだまき 繰り返しむかしを今に なすよしもがな」

静御前は源義経の寵姫。白拍子は男装の麗人です。颯爽と現れ、際立つ歌と舞姿に魅入られた義経。恋しい人、源義経は京を追われ、落ちていった。今は行方もわからない。お腹に義経の子を宿し、恋しい人を追いやった敵、源頼朝・政子の前に引き立てられ、
それでも気丈に舞う静御前。かつて京随一と謳われた舞です。

 

「巴御前」 1900頃

尾形月耕・巴御前:plain

これだけ、1枚絵みたいです。「平家物語」を彩る信濃国の女戦士。信濃の国から現れた剛力、強弓の名手。「女連れと言われては身の恥だ」の主君の言葉に、「では最後の働きをしとうございます。」言うやいなや、怪力で知られる武将の馬に並び、敵の首をあげ、歴史のかなたに消えていった。「巴は色白く髪長く、容顔まことに優れたり。強弓精兵、一人当千の兵者(つわもの)なり」 。

 

日本花図絵より 「醍醐の花見」

尾形月耕・日本花図絵・醍醐の花見 豊臣秀吉

「豊臣秀吉」って絵にはかいてありますけど^^;ち、中央が秀吉なんでしょうか…。ひ、秀吉って、こんなに小顔なの、なーんて思ってはいけない。功成り名遂げた天下人が豪奢な満開の桜を眺めめでる高貴な美女(やもと美女)は総勢1,300人。この絵の秀吉は後姿。醍醐の花見の5か月後に、秀吉はこの世を去ります。4人の美女は、誰と誰と誰と誰…。

 

月耕随筆より 「九尾狐」

尾形月耕・月耕随筆・九尾狐:plain

「月光随筆」は歴史上の美人画集ではなく、古今東西の故事に題材を取った画集です。他には「桃太郎」「浦島太郎」「太公望」「稲荷大明神」「竜昇天」「草薙剣」「連雀」「小督嵯峨野庵」 などなど。どこまでもえこひいきして選んだのは、妖の美女になる前または元に戻った古来伝わる妖怪「九尾狐」。

 

ここから出版当時の風俗絵図になってきます。
「婦人風俗尽」は諸外国に当時の日本の女性の暮らしを伝えるために
描かれたものだとか。

 

婦人風俗尽より「津ぼねくだり」

尾形月耕・婦人風俗尽・津ぼねくだり

 宮仕えのお女中のお里帰りでしょうか。細面でやや釣り目の美貌のお女中は日本髪もお召しものも身のこなしも廊下を横切る猫を見やるまなざしも、市井の女人とはひとあじ違う。両手に抱えているのはなんだろう。ちょっとユーモラスで、ほほえましい。

婦人風俗尽 より「花嫁」

尾形月耕・婦人風俗尽・花嫁

 晴れの日の初々しい花嫁とそのお母さん。(だと思いたい)上の絵の今なら社長秘書のお嬢さまとは違うふんわりした晴れやかな、でも張り詰めた緊張の一瞬を捉えています。明治時代の花嫁衣裳って、青も入っているんだ…。さらりと重ねるえんじ色・紅・水色・よもぎ色のコントラストに目が奪われ。テレビで見かける日本髪と、江戸や明治の絵に見える日本髪って、びん(脇)もたぼ(後ろ下)も髷(後ろ上)も、印象がずいぶん違ってきますね。

 

婦人風俗尽より「雛祭」

尾形月耕・婦人風俗尽・雛祭

 

 明治の夢見る乙女はもうすぐ来る春を待ちかねて。

この本を手にとった海の向こうの人々は、日本にはこんなにキレイでおしとやかな女性ばかりが日本にいるのだろうかと東の彼方の小さな島国に思いをはせたことでしょう。

 

 

月耕随筆

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月耕漫画図録

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月耕画鑑

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